1 はじめに
障害者職業総合センター(以下「職業センター」という。)及び地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)では、在職中の障害者及び障害者を雇用する事業主を支援する業務を行っている。本報告では、職業センターと地域センターとの連携による支援で在職中の中途視覚障害者に対して円滑な職場適応を促した事例を紹介する。
2 本人の状況
(1)本人の属性
47歳の男性。大学(英語学専攻)卒業後、N株式会社に入社し海外営業部において電子部品等の輸出入にかかる事務処理を担当している。翻訳に関しては社内でも屈指の高い能力を持っている。在庫データ等がオンライン化されている関係もありパソコンで処理する仕事も多い。
(2)障害の状況
黄斑部変性症による視覚障害により身体障害者手帳4級の交付を受けている。
入社して10年後に黄斑部変性症と診断されたため治療を開始する。その後、障害状況は徐々に進行しており、現在は、視力:右0.05左0.07、中心暗転(視野中心部分の欠損)が顕著となった。よって職務遂行上、伝票処理、書類の読みとりや文書作成の際の文字判別が困難である。ただし移動に関しては特に支障はない。職場における状況は、「自尊心からか、障害の状況が進行しても周囲の人には隠していた。しかし職務遂行に明らかな支障が生じてからは、自信を失い悲観的に物事を捉えるようになってしまった。」と整理される。
3 地域センターにおける取り組み
(1)職業リハビリテーション計画の策定
N株式会社の付属施設である健康管理センターにおける相談を経て、地域センターに職業相談の依頼があった。本人が来所した際の主訴は、障害により勤務継続への不安感があるため今後の方向性について助言を求めるものであった。職業相談・評価の結果から、障害を補完する機器等についての情報提供と操作技能等を付与し、職務遂行に対する自信を回復することが必要と考えられた。よって職業リハビリテーション計画として以下の具体的な手順を策定した。
(a) 地域センター等の援助の下で、事業所に対して職業リハビリテーションの必要性を説 明する。
(b) 専門の医療機関において眼の状態や補助具使用の可否を確認する。
(c) 事業主と職務内容を調整した上で必要となる補完機器等を選定し、技能習得を行う。
(d) 技能習得をした後に、事業所内で実際に補完機器等を活用して作業効果を検証する。
(e) 事業主に対して障害者雇用継続助成金に関して情報提供を行う。
(2)職業リハビリテーション計画の実施
(a) 事業所に対する職業リハビリテーションの必要性の説明
直属の上司、人事担当部長や事業本部長に対して地域センターから職業リハビリテーション計画についての詳細な説明を加え、情報提供を行った。それにより事業所内の職業リハビリテーションの実施についてのコンセンサスを充分に得ることができ、次の段階を開始することとなった。また実施にあたっては、現在本人が所属している部署にのみ負担がかからないように業務分担等の全体的な調整も事業所内で行った。
(b) 医療機関における相談
ロービジョンクリニックを受診することで、眼の使い方や状態について正確な医療情報を本人自身も身につけることができた。併せて3種類のルーペを1ヶ月間試用して最も活用し易いルーペを選んで文字の把握に役立てた。
(c) 職務内容の調整等と技能習得
職務内容の調整、補完機器等の選定、それらを活用するための技能の付与については、先駆的な取り組みを行っている職業センターとの連携により援助することとなった。※詳細については次項で説明する。
(d) 職場における作業効果の検証
職業センターにおける職業講習の実施結果を踏まえて、障害者雇用情報センターの障害者雇用支援機器貸出し事業について情報提供し、事業所はこの制度を活用することとなった。
(e) 障害者雇用継続助成金の情報提供
職業センターでの技能習得の状況、事業所での補完機器等の活用のための取り組み結果から、その後の職務遂行が可能と判断されたため、公共職業安定所及び都道府県障害者雇用促進協会(雇用開発協会)に対して状況説明を行い助成金の活用をすすめた。
4 職業センターにおける職業講習
(1)職業講習カリキュラムの作成
職業センターでは、地域センターが策定した職業リハビリテーション計画に基づいて職業講習受講に必要なカリキュラム(実施期間と指導内容)の検討を開始した。検討に際しては、事前に本人及び事業所からの依頼により職業センター担当者が事業所を訪問して相談を行った。そこで現在の職務遂行上の課題点、必要となる補完機器の種類、受講後の職務内容等を調整した。
その結果、パソコンで処理できる業務はディスプレイを拡大するソフト(部分的に音声化ソフト)を活用することと、文書の読み取りと手書きで処理する業務は拡大読書器を活用することにより職務遂行上の課題の解決に取り組むこととした。そのためには業務内容が輸出入に係る事務処理であるため、従来の日本語環境を前提にした補完機器に加えて英語処理に適した補完機器を検討することも必要となった。またパソコン操作の経験があり基本的なタイピング技能は身についていることを勘案して、開始当初から機能の習得に絞った講習カリキュラムを組んでも対応可能と判断された。その結果、補完機器等の操作技能を付与することを目的とした12日間の講習カリキュラムを作成した。
<表1挿入>
また講習期間中に使用するパソコンは、事業所における環境に合わせて以下のとおりとした。
<表2挿入>
(2)受講結果
職業講習受講開始後、第1段階として、指導する機器やソフトの概要説明等のオリエンテーションを通して職務遂行を円滑に行うために必要となるソフトの機能と取り組む課題を絞り込んでいった。この取り組みを行う際には、事前に事業所から事務処理に必要な書類様式の提供を受けておくことで細かな調整が可能となる。第2段階として基礎講習を5日間設定し、拡大・音声化ソフトを活用して基本操作方法について指導した。まとめも兼ねた第3段階として応用講習を5日間設定し、実際の職務をイメージして本人が主体的に課題に取り組みながら、不明点の解決やより効率の良い操作方法について助言・指導を行った。特に職場内において本人のみが使用する拡大ソフト等については、そのインストールや設定方法について精通していることが望まれるため、サポートセンターの利用方法も含めて指導と情報提供を行う必要がある。また本人が定期的に事業所へ職業講習の進捗状況を報告するように事前に調整しておくことで、事業所担当者も本人の技能習得状況を逐次把握することができ、本人自身の目標管理にも有効である。以上の取り組みにより当初設定した目標を達成することができた。
5 現状
職業センターにおける職業講習修了後、直ちに職場復帰となり、事業所で用意した拡大ソフトと雇用情報センターから貸し出されているカラー拡大読書器を活用して事務処理に従事することになった。その後使用している補完機器の効果を検証したところ、伝票の読み取りや文書作成は問題のなく処理できていた。また技能の習得が自信に繋がり、精神的にも落ち着いて仕事に取り組んでいる。ただし中心暗転が広がってきており本人の自覚症状も現れてきているので、医療的なケアを継続的に心がけるよう指導している。
6 考察
本事例は、入社時にうまく適応できていた職務が徐々に困難になってきたことに伴い、焦燥感や不安感に苛まれて精神的に圧迫されていたケースである。職場の周囲の者も同様に、具体的な解決方法が見いだせないまま対応に苦慮していた。円滑に職場適応を促すことができたのは、第一に進行性の眼病による障害についての事業主の理解を進めるにあたり事業所内の健康管理センターがうまく機能することができたこと、第2に具体的な問題解決のために早い段階で地域センターに相談があり、明確な職業リハビリテーション計画を本人と事業所に提示できたこと、第3に関係機関との連携により確実に職業リハビリテーション計画を実施したことが挙げられる。そして就労継続は、本人の努力と事業所の誠意ある対応によって導かれたが、それを支援する地域センターと職業センターの連携が有効に機能したと言える。
<職場の写真挿入>
1.はじめに
(1)健康管理所の役割、機能
日本電信電話株式会社(NTT)の就業規則等においては、『健康管理』とは、衛生教育、疾病の予防、り患者の早期発見並びに早期回復、保健指導、衛生環境の整備等、社員等の健康の保持増進を図ることとされている。
健康管理体制の中で、医療機関は健康管理の医学的分野に属する業務を担当し、また社内の各組織には総括安全衛生管理者、主任衛生管理者及び衛生管理者等を配置しており、各地域の健康管理所はこれら組織の関係者と共に社員の健康管理を行っている。健康管理所には「健康管理医」(健康管理所の医師から選任され、管轄範囲内の事業所等の「産業医」を兼務。)のほか保健婦を配置している。健康管理従事者の職務の役割を表1に示した。
(2)視機能に関する健康管理
視機能に関する主な健康管理としては、VDT健康診断及び定期健康診断があげられる。近年あらゆる職場で急速にOA化が進み、VDT作業従事者の健康確保の問題がクローズアップされた。NTTでは、昭和60年に労働省から出された「 VDT作業のための労働衛生上の指針」に基づき、VDT 作業専担者に対しVDT健康診断を実施している。
定期健康診断項目は安全衛生法で定められているが、大部分の職場でVDT作業が日常的であることから、中国地区では全社員に対して、問診表にVDT作業関連項目を追加た健康診断を行う。
(3)障害者雇用に係る会社としての考え方
障害者雇用については、昭和41年に社内に設置された「身体障害者雇用対策委員会」の報告をもとに対策を講じている。NTTとしては、障害者雇用促進法の趣旨に則り、採用活動を積極的に実施するとともに、本人の能力・適性を正当に評価し、幅広い業務内容を対象として雇用促進を図っている。
また「特定疾患の管理」として、国の指定する特定疾患(視機能障害の原因となるベーチェット病や網膜色素変性症も含まれる。)にり患している社員に対し、病気休暇・休職の扱いについて特別措置が定められている。
基本的に社員は、疾病や障害のために解雇されることはなく、休職期間内に就業可能な状態と認定されれば、職場復帰となる。
(4)指導区分の認定
健康管理医は、社員の病状に応じ、早期回復、あるいは勤務のために病勢が増悪しないようにするために管理を必要とする場合、(a)勤務を休む必要がある、(b)勤務軽減-普通4又は6時間勤務、(c)ほぼ平常勤務-原則として時間外・宿泊出張禁止、(d)平常勤務-制限なし、の4段階で指導区分を認定し、社員の所属する組織の長および任命権者に通知する。認定にあたっては本人と面接し、病状および将来の見通しを十分把握し、インフォームド・コンセントを得ることが基本である。
2.中途視覚障害を有する社員の現状
(1)社員に占める視覚障害者の数や割合
平成10年6月1日現在で本社のまとめとして公共職業安定所に報告されたNTTの身障者雇用率は、法定雇用率を上回っている。視覚障害者の占める割合は不明だが、松江健康管理所管内に勤務する視覚障害者H氏(身障者3級、 S32生、男)の話によると、平成10年4月に第1回「NTT視覚障害者の会」が開催され、在職者5名の参加があったという。彼を除く4名はいずれも重度視覚障害である。
中国地区の健康管理所によると、平成9年12月末で眼疾患による健康管理区分を受けた社員は5名であった。
(2)受障の原因となった疾病
中国地区5名の内訳は緑内障、硝子体出血、中心性網膜炎が各1名、白内障2名で、重度障害4名の原疾患は、網膜色素変性症3名、ベーチェット病1名であった。
(3)受障時における社員の年齢、職務等
受障時における社員の年齢は、30歳代1名、40歳代3名、50歳代1名で、重度障害では30歳代1名、40歳代3名であった。
職務は、一般社員、主査、支店長など様々だが、疾病の経過において、本人の希望や病状に合わせて配属・異動をし、現在はそれぞれの状況に適した業務に従事している。
3. 職場復帰に向けた取組み
視覚障害者H氏の経過を表2に示した。
(1)療養に際しての支援
医療機関受診・療養に際して、健康管理医は本人の発言や感情に十分耳を傾け、医学的立場から助言し、必要と思われるときには医療機関を紹介する。医療情報として診断・治療の参考となるよう健康管理状況と併せて紹介状を作成し、受診時に主治医に渡してもらう。
表に示すように、平成2年、5年、6年、7年に紹介状を作成した。H5年には支店労働課長を介して紹介の依頼があり、T大学専門医と連絡をとり受診予約し、H7年2月には受診に先立って本人・支店労働課長と共に病院を訪問した。その後間もなく彼は妻を伴って再度病院を訪れている。入院に際して課長は、業務遂行可否の意見を求めるため担当業務内容一覧表を作成し、持参させた。
療養の過程において、本人あるいは家族と所属課・労働担当課・健康管理医は常に緊密に連絡を取り合い、状況把握に努める。必要な場合は、本人の了解のもとに主治医に面会する。所属課においては同僚に対して、課長より差し支えのない範囲での簡単な報告がなされ、また本人の求めがあれば職場の様子なども知らせて、精神的に孤立化の不安が強くならないように配慮する。
(2)職場復帰前の対応
イ 社内における対応
(3)職場復帰後の対応
所属課長や労働担当課は、本人が担当業務を遂行するに当たって過剰な負担とならないよう、本人の意志・感情を十分把握するようコミュニケーションに努め、業務をより遂行しやすくする機器があれば導入を検討し、環境整備に努める。
H氏の場合では、平成7年7月の診断書の意見をもとに業務見直しを行い、早急に事務処理を必要とする業務を担当から除外した。
健康管理所は、現在の業務や作業環境が病状を悪化させることのないよう本人と十分連絡をとりあう。また、本人・主治医を通して病状の把握に努め指導区分を検討し、必要があれば関係部署とも連携を密にして適宜変更し、安心して働けるよう心身のケア行う。
4.まとめ
(1)職場復帰後の経過
H氏はその後年1回、国立身体障害者リハビリテーションセンター病院に入院し、現状評価と必要な訓練を受けている。社内的には環境調整・業務内容調整も行ってきている。平成10年3月の入院の結果、長時間の「会社文書を読解し関係各方面にコピーをとって送る」作業は避けるよう診断され、6月に視覚障害者用ノート型パソコンが新たに配備された。現在は本人を交えて話し合いながら、再度業務内容を検討しているところである。
(2)今後の課題・展望等
残余視機能にあわせて就労するためには、どのような仕事が出来るのか・適している仕事の内容は何かを暗中模索しつつ広く求めて行くことが重要である。特に「NTT視覚障害者の会」を通して、それぞれの職場で働いている障害者達との交流は、大きな支えになるものと思われる。そしてより適応が拡大されるための様々な機器の開発が望まれる。
また仕事の他にも私生活において、生き甲斐を持てる場に気軽に参加できるようサポートしつつ(前掲H氏の場合はスポーツがそれにあたり、駅伝レースに支店チームの一員として参加したり、パラリンピック強化選手にも選ばれた。)、同時に、職場の同僚への配慮をも十分にすることは、忘れてはならない大切なことである。
このレポートを書くにあたって「NTT視覚障害者の会」に参加した人達に電話したところ、各人が快くインタビューに応じてくれた。突然あるいは予期されていたこととして失明ないし視力低下・障害を身をもって体験し衝撃(ショック)を受け、その後一度ならず「死」を再三にわたり考えそれを乗り越えて、わが身に起きた障害を受容し現在に至るまでの長い心理的過程(プロセス)は、多くの人々の支えと本人の筆舌に尽くし難い苦労・困難があったことが推測できた。言葉の端々にそれらひとつひとつの感情の揺れがあったことが強く感じ取られ、話を聞ながら涙を禁じ得ないものがあった。「こんなに話を聞いてもらったのは初めてです」と口々に言いつつ、忙しい中諸氏が2〜3時間の電話インタビュー(NTTだからこそ)に応じてくれ、健常者である筆者こそ「生きる力」を与えてもらったとの思いを強くした。
1. 雇用支援制度の現状と課題
(1) タートルの会に寄せられた相談事例から
まずはじめに、職場復帰を果たした当事者を中心に情報提供・相談活動を行っている「中途視覚障害者の復職を考える会(タートルの会)」の収集した事例の中からいくつかを取り上げ、各種雇用支援制度の活用状況をみながら、この面における課題を探ってみたい(事例は、工藤正一,1997による)。
(2) 事例の検討
事例1及び2は、障害者職業センターの職業講習や職業相談が関連機関との連携のもとに機能した好事例とみることができる。障害者職業センターが中途視覚障害者の職場復帰事例に直接関わることはそれほど多くはないと思われるが、このような事例を参考にしながら、視覚障害リハビリテーション機関との連携を深めていく必要があると同時に、復帰後の職場における機器操作の指導などの面で、どのような形でフォローアップを行うかなど、その取り組みが期待されるところである。
事例3では、職場復帰に至るまでの間の身分と所得保障の課題が大きくクローズアップされている。この点については、休暇、休職、及び年金等の既存制度の弾力的運用の可能性を探るとともに、中途視覚障害者の職場復帰に向けた本人及び事業主の努力を支援するための制度の整備が必要になると思われる。
事例3及び4における会社側の態度には、失明=解雇という短絡的な図式が認められる。ここでは、本人だけでなく、会社側においても視覚障害やそのリハビリテーション等についての充分な理解が不足していることが窺われる、その意味で、本人に対する相談段階における個別的情報提供とともに、会社側に対する情報提供をどのように行うかが重要な課題として指摘できるであろう。
また、事例4においては、問題解決の方法について考えさせられる点がある。労働者の権利を守るためには最終的に裁判に訴えるほかない訳だが、こうした事例にあっても、裁判という最終的手段に出るまでに、リハビリテーション、職業訓練、その評価の専門家を含めた第三者機関が関わって、本人・会社間の主張の溝を埋めていく方途が見出される必要があるのではなかろうか。裁判には膨大な時間と経費を要するが、この双方のエネルギーを職場復帰という共通の目標に向けて発揮させるべく話合いの場を設け、そこで第三者を交えた形で双方の主張を整理し、問題解決への糸口を探る努力をすることが重要だと考えるからである。
なお、4事例に共通するのは、いずれも失明直後から職場復帰(ないしその決意をする)に至るまでの間に、視覚障害やリハビリテーション、視覚障害者の職業・雇用事情に関する情報が、本人に対して充分提供されていない点である。この種の情報は、医療・福祉関係機関による相談段階において一通り提供されるべきものであるが、その点が充分でないことを如実に示している。ここでは、提供すべき情報の内容、適切な情報提供の段階・タイミングなど、リハビリテーション専門家による相談段階における個別的情報提供についての問題が指摘できるであろう。
2.支援技術と人的支援の活用
次に、職場復帰の可能性を高めるための手段として、コンピュータ等の支援技術の活用と、職場介助者など人的支援の活用も重要である。特に、支援技術の進歩は近年目覚ましく、視覚障害者の職域拡大、職場復帰の可能性を高める上で大きな役割を果たす可能性がある。
ここでは、紙幅の制約もあるので、各種支援方法の一般的活用状況については後述の参考文献に譲ることとし、以下各種支援方法を巡る最近の同行について概観しておきたい。
(1) 文字の読み書きに関する支援技術の最近 の動向
視覚障害者用音声ワープロが開発されて十数年になるが、近年、MS-DOSを基本システムとするワープロや表計算、データベースソフトなどの利用が、Windowsの普及に伴い、視覚障害者が働く職場においても徐々に減少し、Windowsの音声化が大きな課題とされてきた。
障害者職業総合センターが開発した「95Reader」は、この問題に真正面から取り組んだ結果生まれた、わが国初のWindows音声化ソフトである。95年に発売されて以来相当数の視覚障害者の間に普及している。
こうした中、今年夏、AOK音声ワープロの開発・販売で知られている高知システム開発が、「95Reader」とは別のWindows音声化ソフトを開発・発売するに至った。PC-Talkerがそれである。なお、MS-DOS上での画面音声化ソフトとして定評のあったVDM100を開発・販売してきたアクセス・テクノロジー社も、Windowsの音声化については高知システム開発と提携して、VDM100-W/PC-Talkerを発売している。これは従来のVDM100のキー操作と似たキー操作でWindows画面を読めるように対応したものと言われている。
また、Windows95で動作する「文書読み取りシステム」も複数開発されており、活字文書の読み取り、テキスト・データ化に役立っている。アメディアの「ヨメール」とタウ技研の「よみとも」、高知システム開発の「MyRead」がそれである。いずれも、スキャナーとWindows95上で動作するOCR(光学的文字読み取り)ソフトのインストールされたパソコンを組み合わせて、文書を読み取り、音声化やテキスト・データの出力を行うもので、96年に発売されて以来、かなりの代数が普及している。今年に入ってからは、それぞれバージョンアップが行われたり、小型化が進められたりしている。
なお、従来職場内で活字文書の読み取りに使われる代表的な機器として普及していた触覚読書器「オプタコン」(OPTACON)は、米国の製造元会社が製造を中止したため、今後は利用者は減少すると予想される。オプタコンの携帯性と、文字だけでなく図形の認識にも対応できるという特性から、その製造中止を惜しみ、製造再会を望む声も上がっているが、まだそれが現実かする見通しはないようである。
(2) ネットワークへのアクセスの可能性
近年におけるインターネット及びイントラネットの普及に伴い、視覚障害者のネットワークへのアクセスの問題がますます大きな課題となってきており、この分野における支援技術の開発が急務と言える。現在までのところ、企業内におけるネットワーク(構内LAN)へのアクセスについては、DOSベースのパソコンをUNIXのワークステーションの端末として利用する方式が視覚障害者の働く職場(学校や事業所)においてみられる。しかし、Windows95上で動作する音声ブラウザの開発も進んでおり、Windows95の搭載されたパソコンを端末として利用する事例も出てきている。音声ブラウザについては、日本アイ・ビー・エムのホーム・ページ・リーダーがその代表であり、また前記95Readerとの相性のよいメール・ソフトとしてwINBIFFなども徐々に視覚障害者の間に普及しつつある。
ネットワークへのアクセスについて問題となるのは、企業内の特別仕様で構築されているLAN上のアプリケーションに対して、視覚障害者がどのようにアクセスするかという点である。このような場合には、一般に視覚障害者の利用を前提としていないシステムであることが多いため、他のネットワーク利用者のアクセスと衝突しない形で視覚障害者のアクセスを特別に開発する点がコスト面でもまた技術面でも大きな壁となる可能性がある。こうした点については、職業能力開発校の指導員など専門技術をもつ職業リハビリテーション専門家が企業内の技術者と協力して、個々のケースに応じてアクセス保障に向けた技術開発を進めていくなど、新たな取り組みが必要になると思われる。
<引用・参考文献>
1 設立の経緯
全盲となった私が職場復帰を果たしたのは1991年4月のことである。自分の他にも視覚障害を持ちながら働いている人がいるとしたら、その人たちはどのように困難を乗り越え、問題を解決しているのだろうかと、私は考えていた。翌年5月、国家公務員として働く視覚障害者7人が集い、交流を深めた。以後、定期的に情報交換を重ね、今日に至っている。
ちょうどその頃、神奈川県のリハビリテーション施設の職員から、「厚生省職員で全盲となったAさんの職場復帰ができないものだろうか」という相談が持ち込まれた。会の活動は、交流から支援へと変わり、1994年4月、Aさんの原職復帰は実現した。
やがて、全国から職場復帰に関する問い合わせや相談が寄せられるようになり、私たちも一定の社会的責任を認識するようになった。
当初、会の名称を「視覚障害公務員の会=タートルの会」と称していたが、会としての正式な発足はしていなかった。そこで、Aさんの原職復帰の実現を契機に、「中途視覚障害者の復職を考える会=タートルの会」と改めて、1995年6月に正式に発足した。
ちなみに、正式発足に合わせて会員から手記を募集し、手記集『視覚障害をバネとして』を発行したところ、 200部以上が活用された。その設立総会の場で、将来、それを正式に出版することを確認し、1997年12月、『中途失明〜それでも朝はくる〜』が出版された。
2 会員及び役員構成
会員数は、発足当初約30名であったが、現在200名を超えている。
会員のほとんどが当事者であり、家族、医療ソーシャルワーカー、歩行訓練士、視能訓練士、管理栄養士、弁護士、医師、研究者、学生などの会員もいる。
1998年度の役員は、会長以下、幹事18名、総勢20名で構成されている。今年度から、広島に続いて、北海道、宮城、和歌山に在住する会員の中からも幹事を選任し、地方における相談窓口を開設した。
3 活動の目的
近年、障害者に対する理解は進んだとはいえ、依然、多くの中途視覚障害者は退職を余儀なくされている。当事者にとっては、切実で、まさに生存権に関わる問題である。
ちなみに、原職復帰の実現には、在職中にリハビリテーションに結びつくことが不可欠であり、そのためには、初期段階での適切な対応(情報提供と具体的な支援)が何よりもなされなければならない。しかし、今なおその条件整備ができていないことが、原職復帰はおろか、社会復帰そのものを遅らせている。
「どこに相談してよいかわからなかった」「もっと早く知ってさえいれば・・・」という体験は、当事者のみならず多くの関係者の体験するところでもある。
この背景には、視覚障害リハビリテーションという考え方が確立されていないことや、視覚障害がなかなか理解されにくいことなどがある。
一方、視覚障害者に対する福祉制度の相談などは各地で行われているが、雇用問題に対応できるところは非常に少ない。
その理由は、中途視覚障害者の原職復帰などの問題は、福祉問題と雇用問題の両面からのアプローチが必要だからである。
そのようなことから、会の活動の主な目的は、中途視覚障害者やその関係者に適切な情報を提供し、具体的な支援を行うことにある。また、後に続く中途視覚障害者が安心して働き続けられるように、彼らの心理的支えとなり、働く権利を守ることにある。
このような私たちの目的が達成されるならば、生きいきと働く姿を通して、視覚障害者に対する社会的理解と評価を高め、ひいては、視覚障害者全体の職域と雇用の拡大に繋げることもできる。
4 手記集の出版と活動の概要
昨年12月出版された手記集は、中途視覚障害者27人の職場復帰や再就職の体験や支援者の手記などで構成されており、読者に多くの示唆を与えるものと確信している。
この手記集の出版がきっかけで、当事者や家族のみならず、職場や医療・福祉関係者などからの電話による相談が増加している。これらに対しては、交流会へ案内することが多いが、情報提供だけで終わることもある。
また、何といっても、隔月開催される交流会は盛況である。そこでは、一人ひとりが培ってきた貴重な体験やノウハウを発表し合い、それらを蓄積し、必要とする関係者に積極的に提供している。
この交流会には、相談を兼ねて初めて参加される人も少なくない。このような場合でも、その人が抱えている問題をみんなで考え、方向性を見いだし、解決に向けてともに活動をするようにしている。
昨年から、インターネットを活用してホームページとメーリングリストを開設した。ホームページでは、会報、復職事例その他有益と思われる情報を広く提供している。メーリングリストでは、様々な相談に対して、解決のためのアドバイスを含め、活発な情報交換が行われている。
このように、多くの相談が寄せられているが、なかには、不当解雇など、深刻で緊急な対応が求められるケースもある。
いずれにせよ、初期相談を重視し、個別・具体的な支援活動を行っているが、何よりも当事者自らが相談に当たることが、本人を前向きにし、復職への意欲を高める。
これらの活動を通して、助けられた人が次には助けるという、まさに助け合いのネットワークの輪が広がっている。
5 支援活動のポイント
復職に向けた相談・支援活動では、あらゆる社会資源、ネットワークを活用している。これまでの事例を通して、具体的な支援のポイントを整理すると次のようになる。
6 ネットワークによる支援を
これまでを振り返ると、およそ30人、あるいはそれ以上の人が私たちとの関わりのなかで復職し、あるいは再就職を果たしている。しかし、会員や復職事例が増えるにつれ、新たな問題や課題も見えてきた。
手記集のなかには、ロービジョンケアに詳しい医療機関や視覚障害者団体、視覚障害リハビリテーション施設一覧なども掲載されている。これからは、これらの、当事者を含む関係者がネットワークを組み、それぞれの問題や課題に適切に対応していかなければならない。
そのためにも是非、私たちの手記集をご活用いただき、一人でも多くの関係者に会の存在と本書を広めていただきたいと願っている。(手記集に関する問い合わせは、タートルの会事務局まで)
■連絡先
タートルの会事務局
社会福祉法人日本盲人職能開発センター東京ワークショップ内(篠島・山口)
(電話:03-3351-3208)
Turtle HP URL : http://www.asahi-net.or.jp/~ae3k-tkgc/turtle/index.html