聖心ウルスラ学園による視覚障害教師の不当解雇に関する中間取りまとめ

掲載日: 2002年2月14日

視力障害のある数学教師に対する学校法人聖心ウルスラ学園
(宮崎県延岡市)による不当解雇と仮処分申立事件

取りまとめ: 清水弁護士(働く障害者の弁護団代表)

 仮処分申立後、四ヵ月で解雇撤回を勝ち取り、給与・賞与全額を支払わせたが、学校側は撤回と同時に新たに不当な休職命令を出して復職を拒んでいる。

一、事件の概要

 宮崎県延岡市にある聖心ウルスラ学園高等学校の教師窪田巧さんは、眼疾患によって視力が低下したという理由で解雇された。
 窪田さんは、二七年前同校の校長(当時)から強く請われて、大学卒業と同時に延岡市に移住。以後二六年間にわたり、同校の数学教師として尽力してきた。視力が低下してからも、拡大読書器等を活用することにより低下した視力をカバーしながら、ひとりひとりの生徒にそった授業を行ってきており、人望厚く、生徒の評判の高い教師である。
 この学校の理事は、二〇〇〇年一二月頃より、「耳は悪いし、目も悪い。何ができるか自分でさがしなさい」「障害をもった状態で生徒の前に出すのは気恥ずかしい」などの言葉を窪田さんに浴びせ、自主退職を迫ってきた。二〇〇一年三月に発表された二〇〇一年度の校務分掌で、窪田さんは、校務担当なし、授業の持ち時間なしと告げられた。
 それ以後も「授業は健常者にやってもらう」「あなたは教員としての資質に問題がある。あなたの目は進行性だから危険です。お辞めになって療養することを勧めます」「依願退職を三月三一日までに出しなさい。それがあなたにとっていいんだ」などと言われ続けたが、窪田さんは、「やめません」と言い続けてきた。
 二〇〇一年度になっても、「始業式に生徒の前に顔を出すな」「心身に障害、あなたは身、つまり身体に障害が生じて業務に支障がある。これで十分解雇できますよ」「依願退職をとるか、残るなら解雇の二つに一つを選択せよ」等、理事側の嫌がらせは続いた。
 六月に理事側は、@解雇する、A嘱託として再契約して職種変更、給料減額、B依願退職して退職金上乗せ、という三条件を提案し、選択を迫ったが、窪田さんはこれを拒否。窪田さんがリハビリのための休暇を申し出たことについて理事側がこれを拒否。七月二六日に学校法人は解雇通告を窪田さんあてに送ってきた。

二、地位保全賃金仮払仮処分申立事件

 事件番号 宮崎地方裁判所平成一三年(ヨ)       第一二四号
 債権者 窪田巧
 債務者 学校法人聖心ウルスラ学園

 解雇される前から全国視覚障害教師の会が窪田さんを支えていた。同会は不当解雇であることをマスコミに訴え、地元のマスコミは窪田さんに同情的な報道をしていた。ただ、学校側の態度は変わらず、同会としても手探りの状態だった。その上、当初、窪田さん夫妻は、見通し、費用の面から裁判をためらっていた。私が昨年六月タートルの会(中途視覚障害者の復職を考える会)の総会で講演したことがきっかけとなって、東京の視覚障害教師の方がある記者に働く障害者の弁護団のことを話し、その記者から地元マスコミの女性記者に伝わり、八月六日に私は、窪田さんと話をすることができた。電話とメールでやりとりする中で、“これはひどい事件だ”と思い、八月一七日、一八日と延岡に飛び、事実調査をした。その結果、不当解雇であり、勝訴することを確信し、窪田さん夫妻に裁判を勧め、費用についても窪田さんの大きな負担にならないよう配慮することを伝えた。二人とも「よろしくお願いします」ということになった。私はこんなひどい事件は学校法人の理事の側でも反対者がいるにちがいないと思い、理事全員に、ミッション系スクールとしての建学の趣旨に反するし、少子化の時代にこんなことをしていては生徒も集まらなくなるから考え直したらどうかと内容証明郵便で呼びかけた。学校側弁護士と理事長(シスター)、事務長(シスター)に福岡で会ったが、撤回の意思がない旨の最終返事が九月八日に届いた。
 それなら思いっきりやろうと思い、障害者の人権確立に熱意のある全国の弁護士一一名で本件の弁護団を結成した。九月二五日に宮崎地方裁判所に対し、@解雇無効による労働契約上の地位の保全、A解雇無効による賃金請求権を保全すべき権利として、仮処分の申立を行った。
 本件の弁護団には、全盲の竹下義樹弁護士(京都弁護士会)、身体障害者の東俊裕弁護士(熊本県弁護士会)等障害のある弁護士三名が参加した。また別の二名の弁護士は別件で視覚障害者の訴訟等を担当していた。また成見幸子弁護士を始め地元宮崎県弁護士会の四人の弁護士も積極的に参加した。私たちは学校法人側よりもはるかに強力な弁護団を結成することができた。


三、審理の経過

 九月二五日、宮崎地方裁判所に仮処分申立書を提出して以降、学校法人側からの答弁書、双方からの準備書面、ぼう大な書証が提出された。昨年一一月二七日に第一回、今年一月二一日に第二回審尋期日(裁判所が双方から主張・立証について聞きただす)があった。

四、争点

 学校法人側は、窪田さんの視力低下を解雇の唯一の根拠としており、一貫して医学的な面での「視力回復不能」にのみ着目し、「身体の障害によって業務にたえられない」と断定している。しかし、「視力低下=教師としての能力低下」ということではない。窪田さんは、数学教師としての二六年間の豊富な経験をもっており、視力低下については、拡大読書器等の情報支援ツールを使った事前の教材研究、また生徒との信頼関係などにより充実した授業を行っていた。このことについて、多数の教え子の陳述書や窪田さんが黒板に書いている状況を撮影した写真などを証拠として提出した。結局窪田さんを解雇する理由は全く存在しないことが明白になってきた。様々な個性をもった人を育てるという点に教育の大切さがある。障害をもちながら教壇に立っている教師は多い。生徒と全人格的に関わり、生徒の精神面の成長においても、障害のある教師が働く姿は多くの教育の場で生徒にとっても励みとなっている。障害のある教師が働くことは、マイナスではなくプラスの面が大きいにもかかわらず、学校法人側はこのことを理解する姿勢を基本的に欠いていた。
 障害のある労働者に対し、事業主は職場環境の改善義務を果たさなければならない。窪田さんのケースでは、視覚障害者のための機器購入や職場での介助者に関する費用について、公的な助成金の利用が想定できる。しかし、学校法人側は、窪田さんの雇用継続に必要な改善を何ら努力することもなく解雇しており、この面からも解雇は無効と言えた。

五、審理で学校法人側を追いこむ

 昨年一一月二七日に第一回審尋期日がもたれ、本件弁護団は窪田さんが数学教師として職務を果たせることをほぼパーフェクトに立証した。当日裁判官が事前に争点整理をし、双方に釈明した。その際学校法人側は@解雇事由の立証責任は使用者側(学校法人側)にあること、A解雇理由は視力障害以外にないこと、B一般論として視覚障害=教師としての能力喪失と言えない、という点を認めた。裁判官は窪田さんの教師としての能力があることについて、争点整理文書の中でそれなりの立証がなされていることを示唆した。本年一月一五日までに学校法人側はこれについて反論をし、その上で二一日に審理を打ち切り、裁判所の判断が出されることになっていた。

六、敗訴確実な状況下で学校法人側は卑劣な和解案を提示

 仮処分事件で私たち弁護団は、視力障害があっても窪田さんはすぐれた数学教師であることをほぼパーフェクトに立証できた。裁判所が解雇無効の判断をすることは確実と見込まれた。学校法人側は解雇無効の判断が出されるとマスコミが更に大きく報道することを恐れ、本年一月一五日に裁判所に和解案を提示し、裁判官と面接をしている。宮崎地方裁判所から別紙1のとおり学校法人側の和解についての考え方が送られてきた。
 これは解雇は撤回するが、解雇時にさかのぼって休職を命じ、休職期間は解雇から二年間とし、その間の給与は二〇%しか払わないというもので、解雇が休職命令に変わるだけのものである。休職制度、特に私傷病休職制度は、本来労働者の健康保護のための制度であり、労働者の希望・意見を聞いた上で行うべきものである。窪田さんは解雇を迫られた昨年七月頃リハビリのため休職を申し出たことがあるが、その後自発的に歩行訓練、パソコン講習、点字講習等を受け、現段階で休職してまで職業リハビリテーションを受ける必要性はない。その上、この和解案で許し難いのは、研究授業と称して、窪田さんのあら探しを行い、ビデオ撮影を行おうとしている点である。学校法人側は仮処分手続で窪田さんの解雇理由を見つけだすことができなかった。二年間も休職扱いにしておけば、窪田さんの視力障害が更に進行すると見込み、研究授業で窪田さんの欠点探しをして解雇しようとするものである。現に検証の結果解雇することがあることを明記している。
 一月二一日の第二回審尋期日でその不当性を裁判官に述べ、別紙2のとおり当方の和解についての考え方を示した。学校法人側は裁判所の判断から逃れたい一心から、和解が成立しようがしまいが解雇を撤回し、休職命令を出すと表明した。

七、地位保全賃金仮払仮処分の目的達成と休職命令

 学校法人は、一月二八日付で解雇を撤回し、窪田さんに二月一日から六ヵ月間の休職命令を出した。解雇から一月三一日までの六ヵ月間の給与と冬季賞与は一月二九日に全額支払ってきた。その意味で労働者としての地位保全と賃金仮払いを求めた仮処分の目的は一〇〇%達成されたので、仮処分の申立は二月一日付で取下げた。しかしながら、就業規則は窪田さんが私傷病休暇で二ヵ月以上欠勤したときにはじめて休職命令を出すことができることになっているが、窪田さんは欠勤の事実はなく、むしろ有給休暇を三〇日位残している。したがって、三ヵ月以上欠勤した場合にはじめて学校法人は休職命令を出すことができることになっており、休職命令についても根拠がない。窪田さんも弁護団も法的手続を重ねることが本意ではなく、せっかく解雇を撤回したのだから早期に復職を希望している。一月三一日に早期に復職して授業をもちたいので、そのための話しあいをしたい旨申し入れ、回答を二月一〇日までに求めた。結局回答がなく、現在休職命令無効の仮処分申立と本案訴訟を準備中である。

八、本件の重要性

 窪田さんは視力低下のみを唯一の理由として解雇された。これを許すと障害のある労働者はどんどん職場から排除されるであろう。その意味で本件の帰すうは全国の障害のある労働者に重大な影響を及ぼすものである。仮処分申立をした以後多数の障害のある労働者や障害者団体から、窪田さんや弁護団に励ましをいただいた。また、この事件が知れわたる過程で、同様の状況に追いこまれつつある障害のある労働者からの相談が増えた。私たちは窪田さんの完全復帰を勝ち取るまで手綱をゆるめず、闘っていくつもりなので、今後とも引き続きご支援をお願いしたい。

別紙1

債務者の和解についての考え方
平成14年1月15日

1 債務者は、債権者に対し、本日、平成13年7月26日付で行った解雇の意思表示を撤回する。

2 債務者は、債権者に対し、本日、平成13年7月27日から同15年7月31日までの間、休職を命ずる。

3 債務者は、債権者に対し、前項の期間、債権者の給与月額の20パーセントに相当する額を支給する。

4 債務者が平成13年7月26日に解雇時に債権者に振り込んだ解雇予告手当金は、前項の債務者からの支給金に振り替えるものとする。

5 債務者は、債権者が日本私立学校振興・共済事業団に対し、休業手当金の支給を得るために手続きを取るに際し、これに協力する。

6 債務者は、第2項記載の債権者の休職期間満了後、債権者の労働能力(教科指導能力)および校務遂行能力)について、以下の検証を行う。
(1) 研究授業
 債務者は、債権者に対し、平成15年8月1日から同月末日までの間、債務者側(理事や管理職等)、他の教師等を生徒とみなしての高校数学各学年の研究授業を数回実施させる。
 債務者は、検証の客観性を保つために、債権者の研究授業についてビデオ撮影を行う。

(2) 生徒への通常授業
 債務者は、前号の研究授業の結果、債権者の生徒への授業が可能と判断した場合、債権者に、平成15年9月1日から同16年3月31日まで(2学期および3学期)の間、生徒への通常の数学の授業を、他の数学教師と同時間程度担当させる。
 債務者は、債権者が担当するクラスの生徒の学習に支障が生じないよう、他の数学教師を、当該数学教師が1学期に担当したクラスの授業に適宜立ち会わせる。
 債務者は、債権者が担当する授業を適宜参観する。
 債務者は、検証の客観性を保つために、債権者の通常授業について、適宜ビデオ撮影を行う。

(3) 校務への従事
 債務者は、債権者に対し、通常の教師が担当する校務と同程度の公務に従事させ、債権者の校務遂行能力を検証する。

7 債務者は、前項の検証で、債権者の労働能力(教科指導能力および校務遂行能力)が十分であると判断した場合には、平成16年4月1日以後、引き続き通常の業務に従事させる。

8 債務者は、第6項の検証で、債権者の労働能力が不十分であると判断した場合には、債権者の労務提供能力を勘案して、職種、賃金等の労働条件の変更に関する変更解約告知を行うか、または解雇する。


別紙2

平成14年1月21日

債権者の和解についての考え方

1.債務者は、債権者に対し、平成13年7月26日付で行った解雇の措置(以下「本件解雇の措置」という)は、解雇事由の存在しないことを認め、本日解雇の意思表示を撤回する。

2.債務者は、債権者に対し、債権者の労働契約上の地位が平成13年7月26日以降も継続して存在していることを当然の前提として、給与並びに賞与を支払う。昇給並びに賞与については、他の教師と同等の基準で支給するものとし、支給の基準を明示しなければならない。

3.債務者が平成13年7月26日に債権者に送金した解雇予告手当金は、前項の債務者の支払金の一部に充当する。

4.債務者は、聖心ウルスラ学園高等学校(以下「本件高校」という)における学校教育において、障害をもたない教師も障害をもつ教師もともに助けあって、生徒の教育にあたることが生徒の心身の成長に有益であり、かつ本件高校の建学の精神にそうものであることを厳粛に受け止め、このような視点に立って債権者の教師としての職務遂行を尊重する。

5.債務者は、債権者の要望がある場合は、音声変換パソコン・拡大読書器・プロジェクター等の機器の配備や職務遂行に対する人的支援を行うなど、債権者が働きやすい職場環境になるよう誠意をもって対応する。

6.債務者は、直ちに債権者の復職を認め、すみやかに(遅くとも平成14年4月1日から)債権者に数学の授業を担当させるものとし、授業が円滑にできるよう互いに誠意をもって協議し、協力する。

7.債務者と債務者の理事である利害関係人江藤スミ子、同盛武實、同植木テ子は、本件解雇の措置を強行したことにより、債権者及び債権者の家族に対し、精神的、肉体的、経済的に有形・無形の損失・苦痛を与えたことを深く反省し、債権者に衷心より謝罪する。

8.債務者は、本件解雇の措置が一部理事の独断のもとに強行された事実を踏まえ、今後同様の事態を防止し、かつ学校教育の公共性に思いを致し、本件高校において民主的で開かれた教育を実現するため、生徒、保護者、教職員の自由な意見が反映する教育環境となるよう、その実現に向けて教職員及び保護者と誠意をもって協議する。

しみず・たてお …… 弁護士。
 働く障害者の弁護団代表。
 障害児・者人権ネットワーク運営委員。
 障害者からの相談について電話(〇三−五五六八−七六〇二)、ファクシミリ、電子メールにて常時受け付け、雇用主との交渉や法的救済手続を行っている。


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