GUIDE BOOK(ガイドブック)
〜視覚障害者の「働く」を支える人々のために〜

NPO法人 タートル
日本郵便株式会社 平成25年度年賀寄附金助成事業

目次

ごあいさつ

私どもNPO法人タートルは、1995年6月に任意団体として発足し、2007年11月にNPO法人として認証されました。当初から一貫して中途視覚障害者の継続雇用の支援に注力し、新規就職、再就職、復職などに広がるものと信じ、相談事業、交流会事業、情報提供事業を中心に、各種事業を展開してまいりました。そして諸機関との連携の大切さを痛感し、その強化に努めてきました。

しかし、視覚障害者の雇用拡大に厚い壁が立ちはだかっていることに気づかされたのです。それは「目が見えなくて働けるはずがない」という先入観、固定観念が常識になっていることです。

企業は法定雇用率達成はもとより、さらに雇用促進法に新たに盛り込まれた差別禁止、合理的配慮が義務づけられました。そこに本冊子を参考に願えれば幸いです。

本冊子は、働く視覚障害者自身が周囲の協力を得ながら職場を確保し、定着してきた体験に基づく知恵や工夫を読みやすくまとめたものです。視覚障害とはいったいどういうことなのかを、職場生活を共にしながら、少しずつ理解を進めてきた成果です。ぜひ企業の皆様にご活用いただければと願っています。

なお本冊子の作成にあたっては、日本郵便株式会社様から助成(平成25年度年賀寄附金配分)をいただきました。深く感謝申し上げます。

NPO法人タートル理事長 松坂治男

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〔事例 就労・復職の実際〕

事例1 事故で全盲となったAさんが職場復帰を果たすまで

大手ゼネコンで現場監督をしていた30代の男性Aさんは、労災事故で頭部骨折と両眼球破裂という大けがを負い、失明しました。頭部の外傷が落ち着いた後、リハビリテーション病院に転院し、目の治療を受けました。目は決して見えるようにはなりませんでしたが、そこでの眼科医との出会いが彼にとって大きな転機となりました。

その眼科医は、早速ロービジョンケア(8ページ参照)を開始し、タートルと連絡を取りました。本人と家族の心のケアと障害の受容を図りながら、目は見えなくても仕事はできるというメッセージを出し、将来への希望をもたせるとともに、本人のできることを増やしていきました。

やがて本人から元の職場で働きたいという思いが語られ、そこから職場復帰への支援が開始されました。眼科医は職場の上司とも話し合い、会社の理解と協力を得ながら、専門機関である障害者職業センターや自立訓練施設との連携を図りました。

まず、自立訓練(機能訓練)施設でおよそ6か月の歩行・日常生活動作訓練と音声パソコンの基礎訓練を受け、その後、職業訓練施設で1年間の本格的な音声パソコンの訓練を受けて事務職で職場復帰を果たしました。

この間、会社の担当者は障害者職業センターの紹介で、中途で全盲となった人が職場復帰して働いている企業を見学しました。また職業訓練中に、会社のシステムで音声パソコンが実際に使用できるかを試すなど、職場復帰に向けた積極的な協力を惜しみませんでした。

こうしてAさんは、再び元の職場で働くことができるようになりました。復帰後の職務には、Aさんが現場で培った経験や知識が十分に生かされています。

この事例からは、本人の職場復帰への強い意志・努力と会社の理解・協力があれば、職場復帰は可能であるということが理解できるでしょう。

事例2 徐々に視力が低下するなかで再就職・就労継続したBさん・Cさん

..眼科医のサポートを受けて再就職したBさん

大手スーパーで働いていた30代の男性Bさんは、徐々に視力が低下し、視野が狭窄する病気になり、将来に不安を抱いていました。

眼科医からは、車の運転をやめるよう説得され、身体障害者手帳(以下、「手帳」)を取るよう勧められましたが、今の仕事を続けるためには、車が必要です。家族をどうやって養っていくか考えると、どうしていいかわかりませんでした。

眼科医はBさんへのロービジョンケアを行いながら、同じような状況で立派に仕事をしている仲間がいること、手帳を取ることで新たな可能性と希望が開けることを諭し、その場でタートルにつなぎ、Bさんの背中を強く押してくれました。

タートルではBさんの生活状況や将来の方向を一緒に考え、再就職プログラムを確認しました。

その後、Bさんは気持ちを切り替え、早急に手帳を取得、ハローワークの支援を得ながら、3か月の委託訓練を受け、見事に事務職で再就職することができました。新しい会社では、障害者職業センターの支援も受けることができ、職場定着も図られました。それにより、上司や同僚たちとも心を通い合わせて、楽しく充実した職業生活を送っています。

もちろん今は、車の運転は一切していません。

..産業医の配慮により就労継続したCさん

大学を卒業すると同時に金融保険業の会社に就職した20代女性のCさんは、大学に入ってから進行性の網膜の病気であることがわかりました。入社の際には手帳を持っていることを会社に伝えていましたが、入社当時は、周囲の人からは視覚障害者であることをあまり意識されることはありませんでした。

しかし、入社後しばらくしたある日、パソコンの文字が見えなくなり、これまでのようには仕事ができなくなりました。

自宅待機を命じられたCさんは途方に暮れ、タートルに相談しました。そこでロービジョンケアを受けることや、通勤の安全を確保し、音声パソコンを操作できるようになれば、問題は解決することを確認しました。そのためには産業医(人事労務担当者)の理解を得ることが必要であり、眼科医から産業医に対して、情報提供書を発行し、ロービジョンケアを受けられるよう、必要な支援と配慮をお願いしました。

こうしてCさんは歩行訓練を受け、在職者訓練制度を活用して音声パソコンの操作方法を習得し、職場復帰を果たしました。今では、目に頼って仕事をしていた入社当時以上の幅広い仕事をこなしています。

Bさん、Cさんの事例では、眼科医が果たした役割が重要でした。職場復帰や雇用継続のためには、眼科医がキーマンとなる産業医に必要な配慮をお願いする一方、企業も障害の状態について、眼科医から情報を収集するなど、双方向の連携が大切です。

事例3 ジョブコーチ制度を利用し、新規学卒で就労したDさん

20代の女性Dさんは、全盲の新規学卒者です。視覚特別支援学校(盲学校)から大学に進み、情報処理を勉強しました。大学卒業後、ハローワークが主催した障害者向けの合同面接会に参加し、飲料メーカーに事務職で就職しました。

この企業が障害者の雇用を考えたのは、法定雇用率を達成するためでしたが、障害の種別には関係なく、パソコンを使った事務作業ができる人がよいと考えていました。採用の決め手は、会社が求める人物ニーズ(パソコン操作能力、コミュニケーション能力、明るい性格、積極性、成長意欲)に合致したことです。

しかし、全盲者の受け入れは会社としても初めてのことで、経験や知識も全くありませんでした。そこでハローワークに相談したところ、「視覚障害者雇用支援セミナー」を紹介され、それに参加しました。セミナーでは、全盲者を受け入れている他社の事例発表などから、実際に働く視覚障害者の姿を知ることができ、多くの貴重な情報が得られました。

Dさんの雇用にあたって会社が利用した公的支援制度は、
@ジョブコーチ制度
A支援機器の貸し出し
B雇い入れに際しての助成金
の3つでした。

そのなかでも、会社にとって最も有益だったのは、ジョブコーチ制度でした。ジョブコーチ制度とは、障害者が職場に適応するために、一定期間、専門の指導員が職場に派遣されて支援を行うものです。Dさんのケースでは、入社前からジョブコーチと本人が職場で面談をしたり、視覚障害者を受け入れるための職場説明会を開催したり、Dさんが使うパソコンをテスト操作したり、社内での歩行訓練といったことを行いました。また入社後は、スクリーンリーダー(画面読み上げソフト)をインストールしたパソコンと、社内イントラネットや業務システムとの微調整を行いました。

このように、ジョブコーチ制度は、会社にとっても、本人にとっても安心感を与えてくれる制度です。実は、会社が一番心配していたのは、業務内容よりも、通勤の安全、社内の安全歩行でした。しかし、ジョブコーチを利用し、実際に一緒に働いてみると、そのような心配は無用であることがわかりました。まさに「案ずるより産むが易し」といった感じでした。今は、仕事も職場の人間関係も全く問題なく、Dさんは楽しい職業生活を送っています。

視覚障害者の雇用の拡大には、中途視覚障害者と新規学卒者の両面からのアプローチが必要です。特に新規学卒者の場合は、在学中に職業訓練を受ける機会がないため、職業スキルに不安があったりします。しかし、こうした問題は、ジョブコーチ制度や採用後の在職者訓練(14ページ参照)で解決することができるのです(ジョブコーチの利用を希望する場合は、障害者職業センターにご相談ください)。

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〔職場復帰に向けたケア〕

ロービジョンケアと就労

ロービジョンとロービジョンケア

病気やけがなどのために視力が低下したり、視野が狭くなったりして、日常生活に不自由を感じる状態をロービジョン(低視覚)といいます。そのために生活に何らかの支障を来している人に対し、その人の保有視機能を最大限に活用し、生活の質(QOL)の向上を図るための支援をロービジョンケアといい、視覚リハビリテーションとも呼ばれます。

医療におけるロービジョンケアは、眼疾患そのものの治療法がなくても、今困っている状況を改善するために行われます。一般的に眼科医が行うロービジョンケアは、心のケアをしながら、視覚補助具などを用いて、よりよく見えるようにするほか、視覚以外の感覚の活用、情報の入手、福祉制度の紹介などがあります。

就労継続のためのロービジョンケア

大事なことは、失業を防ぐためにも、在職中にロービジョンケアを開始することです。そして早期に医療から、「視覚障害があっても働ける」とのメッセージを当事者と雇用主へ出し、障害者職業センターなどの就労支援機関につなぐことです。

また、職業訓練を受ける時や職場復帰する時の診断書の内容は、目的にかなったものでなければなりません。保有視機能、必要な支援・配慮事項などを記載した情報提供書により産業医(人事労務担当者)と連携を図り、当該従業員に対する配慮を依頼することも大切なことです。

見えやすくする道具

ロービジョンケアでは、以下のようなツールがよく利用されています。

.遮光眼鏡

サングラスと異なって、特定の波長の光のみを遮断して、まぶしさを軽減することができる眼鏡です。室内用、室外用、仕事用と、環境に応じて使い分けるのも一つの工夫です。

.タイポスコープ

罫プレートとも呼ばれます。光を反射しない黒い紙などを切り抜いたプレートで、活字を読みやすくするものです。

.拡大鏡

ルーペとも呼ばれ、対象物を拡大して見えやすくするもので、その人に適合する倍率のものを選定することが必要です。

.単眼鏡

ロービジョンの人が遠くの物を見る道具で、望遠鏡のようにして使います。

.マイナスルーペ

通常のルーペとは逆に対象物が小さく見えますが、その代わりに広い範囲を映し出すことで、視野狭窄の人にとっては、視野が広がり、目標物を発見しやすくなります。

受容・情報収集・連携

就労・職場復帰へ向けた連携

受障初期の段階では、必要な情報にアクセスできず、孤立無援の状態に陥ります。それまでできていたことができなくなることで、精神的にも落ち込み、うつ状態になる人も少なくありません。

しかし、気持ちの整理ができれば、次第に障害の受容もでき、困難は必ず乗り越えられます。そのためにも、眼科医療から連携を開始していかなければなりません。

連携に関して、雇用の継続に重点をおいて考えた場合、「医療→労働→福祉(労働でつなぎ止めながら福祉につなぐ)」という連携が効果的であると考えられます。そのなかでも特に、パソコンスキルと安全な歩行技術を習得するための訓練施設との連携と、職場定着のための支援機関との連携が重要です。

本人の努力への支援

受障初期に必要な支援は、心のケア、見守り、励まし、仲間との交流(ピアサポート)、「できないをできるにする支援=ロービジョンケア」です。特に、できないと思っていたことができるようになることは、本人の自信回復につながり、物事を前向きに考え、様々な可能性を切り開いていく力になります。そのために、本人は、積極的に情報収集と訓練に励むことが必要です。

職場の理解・協力

職場としても、本人を励まし、協力し、その成果を評価する必要があります。また、職場復帰や雇用継続の判断には産業医の意見が求められることを考えると、眼科医から産業医に対する連携(情報提供)が重要です。一方、産業医が視覚障害について十分に理解しているとはいい難い面もありますので、産業医もまた積極的にロービジョンケアのできる眼科専門医と連携する必要があります。

事例集等の活用

国や高齢・障害・求職者雇用支援機構では、視覚障害者を後押しする通知や雇用事例集などを出しています(30ページ参照)。また「百聞は一見に如かず」の言葉の通り、訓練現場などを実際に見学することをお勧めします。

自立訓練(機能訓練)

安全に移動・歩行するために、白杖訓練や盲導犬利用訓練を行います。いずれの場合も感覚訓練によって、頭の中に移動に必要な地図が描けるようになります。

コミュニケーション訓練

ここでは視覚障害者が、パソコンのキーボードを理解しマスターするためのリハビリテーションを紹介します。訓練は次のような順序で進みます。

まず、キーボード全体の構成、文字キーの位置を理解し、基本姿勢(ホームポジションの位置と椅子の高さなど)を体得します。そして指に受け持ちの文字キーを覚え込ませます。これら初期の訓練から少しずつレベルアップし、文書作成、メールやネット検索に進みます。こうしてパソコンを通じたコミュニケーションや情報収集ができるようになります(ロービジョンの場合は、モニターの文字の拡大方法も学びます)。

余暇を楽しむ

ガイドやパートナーをお願いすることで、水泳、スキー、マラソン、ヨットといった様々なスポーツに参加したり、映画、演劇、絵画を楽しんだりすることもできます。

職業訓練(在職者訓練・求職者訓練)

自立訓練(機能訓練)と対をなすものとして、職業訓練があります。これは、新しく職に就いたり、今の職場で継続して働くためのスキルの獲得を目的としたもので、視覚に頼らないパソコンの操作が主な内容です。

例えば、マウスを使わずキーボードのショートカットキーのみでエクセルを扱ったり、スクリーンリーダーでモニターの情報を読み上げさせるといったもので、「目」の代わりにパソコンを活用するための訓練といえます。こうした訓練を積むことによって、視覚障害者は、業務の遂行に必要な「読み」や「書き」が普通にできるようになるのです。

では、そのための訓練をもう少し具体的に見てみましょう。ここでは就労継続のための在職者訓練と、これから就労をめざす求職者の訓練にわけて紹介します。

在職者訓練

在職者訓練とは、今働いている職場で、継続して仕事をするための訓練です。これまで働いてきた人は、その職場で積み重ねてきた経験があります。これは何物にも代えがたい財産です。そこで、その経験を最大限に生かせるように、その人のニーズに合ったオーダーメイドのプログラムを組めるのが特徴です。

例えばスクリーンリーダーをマスターしたいという希望者には、そのソフトの操作を集中的に訓練します。また、異動で職場環境が変わるなど、新たなスキルが必要となったときにも、こうした訓練は有効です。訓練時間は12時間〜160時間と幅がありますので、内容や本人の事情によって選択することができます。企業側は、希望者を研修扱いとして訓練施設に派遣するだけで、特に金銭的な負担はありません。

求職者訓練(就労移行支援)

こちらは、これから仕事に就こうとする人のための訓練です。まとまった時間をかけて、パソコン操作の全体的なスキルを磨いていきます。

例えば、あるプログラムでは、マウスを使わないパソコンの基本的な操作(10時間)から始めて、メールの送受信(20時間)、インターネット検索(20時間)、ワード(45時間)、エクセル(60時間)、パワーポイント(30時間)、アクセス(30時間)、と計215時間をかけて、様々な職場に対応できるよう訓練を行っています。

こうした訓練を見学された企業の人事関係の方は、視覚障害者のスキルの高さに一様に驚かれます。事実、訓練によって培ったスキルで日商のPC検定に合格する視覚障害者も少なくありません。このほかにも、海外の企業との取引に従事できるよう、日常英会話のレッスンなどもあります。

なお、こうした訓練は、日本盲人職能開発センター、日本ライトハウス、国立職業リハビリテーションセンター、視覚障害者就労生涯学習支援センター、東京都視覚障害者生活支援センターなどの支援機関で受けることができます(30ページ参照)。

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〔事例 視覚障害者の働く姿〕

事例4 経験を生かして資材調達で活躍するEさん

人生の途中で視力を失っても、その人の職業経験が失われるわけではありません。リハビリテーションでしっかりとしたスキルを身につければ、新しい業務で過去の経験を生かしながら働き続けることができます。

Eさんは、失明前は建築現場の監督をしていました。失明後のリハビリテーションで、ワード、エクセル、電子メールなどの職業訓練を受けて復職、現在は、これまでの現場での経験を生かして資材調達の業務を行っています。

ではEさんの実際の業務の様子を見てみましょう。まず、各現場から電子メールによる資材の注文を受けつけます。Eさんは要求された資材について、価格や在庫などの情報を取引業者から入手します。

ここでも主に電子メールを使いますが、電話で直接交渉することもよくあります。現場監督の頃の交渉の経験があるので、電話での交渉も苦にはなりません。

次に現場からの注文と業者から得た情報を、検討用のエクセルの資料にまとめます。このエクセルのファイルはEさん自身が作成したもので、スクリーンリーダーの環境でも使いやすいように工夫されています。また、合計金額なども数式で自動的に計算するようにしました。これらの工夫により、Eさんが作成する資料にはほとんど誤りがありません。さらに、「視覚障害者は仕事が遅い」という課題、いわゆる効率上の課題の解決にも役立っています。

失明前から使っていたエクセルですが、それを失明後にも使えるのは職業訓練のおかげです。それどころか、職業訓練で改めて教わったことにより理解が深まり、以前より活用できるようになった、とEさんは感じています。

資料ができあがったら、Eさんは上司と発注についての相談をします。そして上司の許可が出ると、社内用の稟議書や業者向けの発注書などの必要書類をワードで作成します。必要書類のワード文書は、社内標準のものがイントラネットで提供されており、ダウンロードして、必要事項を記入します。すでに書式が整えられているファイルなので、レイアウトなどについて他の人の目を借りて確認、調整する必要はありません。

必要書類が完成したら、上司の確認印をもらって、所管部門へ持参、提出して作業は完了となります。所管部門への提出は、社内郵便を使えば、わざわざ出向く必要はないのですが、敢えて持参するようにしています。至急の場合などに持参しなければならないことがあるかもしれません。そのような時に備えて、社内での道順を常に頭に入れておきたいからです。

事例5 ICTのスキルで人事に貢献するFさん

ICTが進化した現代では、事務職の作業の多くはパソコン上で行われています。視覚障害者であっても、しっかりとしたICTのスキルをもっていれば、スクリーンリーダーなどの支援技術を用いて、普通の人と同じように業務をこなせます。

Fさんは、生まれつき目が不自由でした。学校でパソコンの技術を身につけ、それを生かせる仕事に就きたいと希望していましたが、残念ながら在学中には就職先は決まりませんでした。そこで卒業後、職業訓練を受けてICTのスキルを向上させるとともに、ビジネスマナーなども習得、そのかいあって就職することができました。現在は、エクセルのスキルを認められて、全社員の残業時間の集計の業務を任されています。

ではFさんの仕事の様子を見てみましょう。Fさんの会社では、前月の全社員の勤務データがファイルサーバーの所定のフォルダに格納されています。毎月初めには、所管部門からFさんに作業依頼が電子メールで送られてきます。

Fさんは、メールに記載されている作業の納期を確認後、作業の依頼書と勤務データの受領を所管部門へ返信し、集計の作業に入ります。提供された勤務データはCSV(値をカンマで区切って並べたファイル)形式のもので、これをエクセルに取り込みます。そして社員ごとに1か月の残業時間を集計、それに、過去の残業時間の集計結果を追記します。

ここで問題になったのは、社員の増減があった場合の処理でした。この問題について、Fさんは自らエクセルの数式を工夫することで解決しました。

次に社員ごとの残業時間について、チェックを実施します。チェックする内容は、以下のような複数の項目があります。

.1か月の残業時間が規定の時間数を超えていないか。
.直近2か月の残業時間の合計が規定の時間数を超えていないか。
.規定の時間数を超える残業が3か月間継続していないか。

個々の社員がチェック項目に該当するかどうかは、Fさん自身が作成したエクセルの数式を用いて判断しています。社員全員のチェックが終了したら、各チェック項目ごとに、該当する社員のリストをエクセルのフィルタ機能を用いて作成します。こうして作成した該当社員のリストを、ファイルサーバーの所定のフォルダに格納し、電子メールで所管部門へ連絡して作業は完了となります。所管部門は、Fさんが集計した結果に基づいて、残業の多い社員に対して産業医との面談や健康診断の受診などの指示をしています。

事例6 ヘルスキーパーとして健康管理に従事するGさん

国家資格である『あん摩マッサージ指圧師』などの免許をもつ視覚障害者が、企業でヘルスキーパー(企業内理療師)として活躍しています。ヘルスキーパーの主な仕事は、社員にマッサージなどを施し、疲労の回復、疾病の予防、健康の増進を図ることです。ここではある企業でヘルスキーパーとして働くGさんの業務の様子を見てみましょう。

Gさんは、1日5〜6人の施術を行っています。予約は、会社が独自に作成した社内予約システムで管理しています。施術以外の時間は、パソコンでの作業や会議に充てています。パソコンでの作業としては、利用者の集計、会議資料・健康講座のスライド作成、健康情報の社内配信、メールでの健康相談などがあります。

会議は、施術室内(利用者傾向の考察、カンファレンス)、所属部署(社内、市場状況の把握)、衛生委員会(社内健康管理動向の把握)の3つに出席しています。

ヘルスキーパーを雇用することは、単に企業の障害者雇用率の達成だけでなく、次のようなメリットがあるとGさんは考えています。

.従業員満足度の向上
 社内で仕事の合間に心身のリフレッシュができることは、従業員から喜ばれ、街なかの「無免許マッサージ」と異なり、安全で安心です。

.健康管理体制の拡充
 専門的な医療知識をもって利用者の健康状態を確認しながら施術し、利用者と会話するなかで、身体面だけでなく精神面の変化にも気づくことができ、メンタルヘルスケアの一翼を担うことができます。

ヘルスキーパーが企業に導入され始めた1990年代は、福利厚生の一環としてリラクゼーションを主とするものが多かったのですが、近年は健康管理室と連携し、医療スタッフとして活躍する事例が増えています。

企業がヘルスキーパーの雇用を検討する際には、最寄りのハローワークを通じて、視覚特別支援学校(盲学校)や国立障害者リハビリテーションセンター(就労移行支援・養成施設)、既に雇用している企業を紹介してもらうのが効果的です。併せて、日本視覚障害ヘルスキーパー協会に相談することをお勧めします(ヘルスキーパーの多くは同協会に加入し、医学知識や技術の研鑽に励み、他社のヘルスキーパーとも交流しています)。

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〔職場でのサポート〕

通勤・移動・アフターファイブ

通勤、社外での移動

「見えなくても安全に通勤ができるのか?」
それが視覚障害者の雇用にあたって一番心配されることです。しかし、通勤のような決まった経路で、決まった通りに目的地に行くことは全く問題ありません。視覚障害者の場合は白杖を使ったり、盲導犬を使用して歩行する人がいます。視覚障害者は、頭に地図を描きながら、どこにどのようなものがあるかを、様々な感覚と経験を駆使して確認しながら、確実に目的地まで行くことができるのです。

また通勤以外でも、事前に目的地がわかっていれば、下調べをして、駅員や周囲の人のサポートを受けながら、安全に移動することができます。仕事で出張することも十分に可能です。

もちろん、自分で移動できるようにするためには、何度かの練習(歩行訓練)が必要な場合があります。歩行訓練を専門に行っている支援員の指導のもとで、白杖を使いながら、あるいは盲導犬と一緒に、電車やバスの乗り降り、道路の安全な横断、目的地の確認などが確実に行えるよう練習するのです。

歩行訓練の時間さえ確保することができれば、通勤には問題はありません。ぜひ歩行訓練の制度[自立訓練(機能訓練)]をご活用ください(歩行訓練は、採用時だけでなく、転勤や社内の他部門への異動などでも、必要になる場合があります)。

また会社の行事や、アフターファイブの飲み会などにも誘っていただきたいと思います。行き先がふだんの通勤経路と違う場合は、通勤経路に戻るまでのフォローをしてもらえれば、基本的に問題ありません。

社内での移動

社内でも、「自席やトイレに一人で行けるのか?」「エレベーターは一人で乗れるのか?」と不安に思われることと思います。社内の移動は、自分が使用する場所の基本的な位置関係の説明をしてもらい、それを記憶して何度か経験すれば可能になります。ぜひ、そのための説明をお願いいたします。

社内での移動に慣れるまでは、ぎこちない動きになったり、まちがえたりすることもあるでしょう。しかし、それが次への教訓となり、移動はだんだんスムーズになっていきます。そのために大切なのが、社員の皆さんのちょっとした声かけと、社内の環境整備です。なにか社内での環境に変化があった時は、その情報を伝えていただくとともに、社内の移動で不安に感じるものがあるかどうか、聞いてみてください。

なお、盲導犬の場合は、病気や高齢によって犬そのものを交換せざるを得ないことがあります。その場合、約2週間の共同訓練が必要になります。

職場内での環境整備

室内の環境

床に段ボールが置いてあったり、机の引き出しが出しっぱなしになっていると、視覚障害者は気がつかずに衝突する危険性があります。全盲だけでなく、ロービジョンの場合でも、危険箇所が視野の欠損部分に重なって気づかないことがあります。特に頭や顔の高さでの空中への出っ張りは危険ですので、注意が必要です。

こうした危険な箇所をなくすことは、ほかの社員の安全にもつながります。健常者でも、手元の書類を見ながら歩いていると、危険な箇所に気がつかないことがあるからです。また、健常者ならガラスドアや壁一面のガラス窓などは、外光の反射でわかります。しかし、ロービジョンでは、外光の反射が弱いと、その反射を感じることができないことがあります。衝突を避けるために、その場所をあらかじめ知らせておいていただけると安全です。

座席の位置と見え方への配慮

一般的に視覚障害者は、出入口に近い座席が便利です。ただし、職場の事情と本人の見え方を考える必要があります。例えば事情を知らない来客者に「○○さんいますか?」と尋ねられても、全盲の場合は即座に応対することができません。

ロービジョンの場合は、照明にも気をつける必要があります。本人の意見を取り入れながら、配慮することが大切です。照明が不十分にならないようにするのが一般的ですが、なかには明るすぎて見えにくいという人もいます。また、照明が反射してパソコンのモニターが見えにくい、という場合もあります。

デスク上とデスクまわり

本人がいない時に書類を置かれると、誤って廃棄するなど紛失の可能性があります。書類は、手渡しが基本です。置く場所を決めておくのもよいでしょう。

またデスクの上やデスクまわりの物は、無断で移動しないようにしてください。健常者であれば、「物がない」とすぐに気づくでしょうが、視覚障害者には困難なことなのです。「見つからないストレス」を感じつつ探し続けて、結局時間を無駄にした、という事態は避けたいものです。

職場でのコミュニケーション

一般に、コミュニケーションをうまくとれるかどうかが人間関係、そして仕事の成否を決めるといわれています。コミュニケーション力を高めること、それは障害者とまわりの人間にとっても、とても大切なテーマです。

コミュニケーションの方法には様々なものがありますが、最も優れているのが、顔を合わせて話しをすることです。対面してのコミュニケーションは、声と表情で考えや気持ちを、直接的に相手に伝えることができるからです。視覚障害者にとってもこれは同様で、社員間の「声かけ」はとても重要なコミュニケーションとなります。

例えば視覚障害者は、他部署の部屋へ入る時は、「こんにちは、○○です。さんはいらっしゃいますか?」と必ず声をかけます。一方、視覚障害者が一人でいる部屋に入る時に、「○○さん、△△です。金曜日の会議のお知らせです」と声をかけていただくと誰が来たのかわかります。

こうしたちょっとした声かけが会話へと発展し、よりよい人間関係につながっていった経験は誰もがもっているのではないでしょうか。コミュニケーションのポイントは情報の共有と慮り、そしてよく話し合うことにあるといえるでしょう。

仕事後の一場面から

1日の仕事を終えて、さて4人で飲み会へと出かけることとなりました。全盲の視覚障害者2人とその同僚の2人です。居酒屋に入り、瓶ビールと刺し身盛り合わせを頼み、見える2人は手洗いへと立ちました。

手洗いから2人が戻るとグラスに八分目ほどのビールがすでについでありました。驚いた2人は、「店の人がついでくれたの?」と尋ねると、全盲の2人は「私たちがつぎました」と答えます。
「お疲れ様、乾杯!」。のどを潤しているうちに料理も運ばれてきました。見える2人が小皿に取り分けてくれます。

しばらくして、全盲の1人が白杖を持ち、手洗いに行きましたが、ガイドはおりません。実は見える同僚が会社を出る前に、店の全体図、テーブルと椅子の数や、手洗いとの位置関係を、見えない2人の手のひらや背中に書いて説明してくれていたのです。こうした楽しいひとときがもてた背景には、日頃のコミュニケーションがあったことはいうまでもありません。

視覚障害者への仕事を考えるポイント

視覚障害者の仕事といえば鍼灸・マッサージというのが代表的職種でした。しかし近年、ICTのめざましい発展により、情報の入手や発信が容易にできるようになり、視覚障害者の仕事も大きく変わってきました。視覚障害者は「情報」と「移動」の障害者といわれてきましたが、パソコンの登場によって「情報」の障壁を取り除くことができたからです。

また、多くの視覚障害者は、目が見えないハンディキャップを補うために、情報を咀嚼して合理的に処理する能力を身につけており、それと同時に記憶力も優れています。これも視覚障害者の仕事を考えるうえでのヒントとなります。

こうしたことを踏まえて、次に具体的な仕事を提案します。ここでは仕事を3つに分けて考えてみました。

メールと基本的な事務作業を組み合わせた仕事

【人事関連業務(採用・労務)など】

.採用関係の事務全般(面接にかかわる事務、応募者とのやり取りなど)
.障害者雇用の際の面接、関連企業の障害者雇用へのアドバイス、障害がある社員の相談業務など(この仕事では、障害があることが、仕事の幅を広げています)
.健康診断関連の事務(未受診者へのメールや電話での連絡など)

【開発業務、広報業務など】

.ユニバーサルデザインの製品開発時のアドバイス。他の障害者とのつながりを活用した、自社製品への障害者の意見の反映
.社内ホームページの更新やユニバーサルデザイン化。
.関連企業のホームぺージの点検作業
.社内・社外報の作成、メールマガジンの配信
.お客様窓口での電話応対、苦情処理
.モニター業務
.メールを利用したアンケート調査
.研修業務(各種の社内研修会の資料作成、対象者への呼びかけなど)
.業界情報の入手、関連企画の管理など

エクセルなどを使った仕事

.各種集計、条件に合った事項の抽出
.取引先や社員の名簿、各種台帳管理

ワードなどを使った仕事

.会議の議事録の作成(仕事の内容や流れがわかり、新しい部署に配属された場合でも、スムーズに仕事をすることができます)

どのような仕事でも、障害者のいろいろな面での積極性が、他の健常者の社員によい影響をもたらします。そのような意味で、雇用される側にとっては、積極性が採用の決め手になるのかもしれません。

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お役立ち情報・主な支援機関

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構のウェブページを検索すると、法定雇用率、雇用管理サポート、ジョブコーチ支援、各種助成金、雇用事例集などの情報を得ることができます。
http://www.jeed.or.jp/disability/employer/employer01.html

また、中央障害者雇用情報センターでは、就労支援機器の展示・無料貸出しを行っています(機器貸出し制度は、国・地方公共団体、独立行政法人は対象外)。
http://www.kiki.jeed.or.jp/

主な支援機関

〈就職・職場定着・就労相談支援〉

〇都道府県労働局
http://www.mhlw.go.jp/kouseiroudoushou/shozaiannai/roudoukyoku/

〇ハローワーク
http://www.mhlw.go.jp/kyujin/hwmap.html

〇独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
http://www.jeed.or.jp/

〇地域障害者職業センター
http://www.jeed.or.jp/jeed/location/chiiki/index_map.html

〈ロービジョンケア〉

〇日本眼科医会
http://www.gankaikai.or.jp/

〇日本ロービジョン学会(ロービジョン対応医療機関リスト)
http://www.jslrr.org/

〇視覚障害リソースネットワーク
http://www.cis.twcu.ac.jp/~k-oda/VIRN/

〈自立訓練・就労移行支援〉

○国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局
http://www.rehab.go.jp/TrainingCenter/japanese/index.html
(函館、神戸、福岡の各視力障害センターを含む)

〇東京都視覚障害者生活支援センター
http://www.tils.gr.jp/

〇日本ライトハウス視覚障害リハビリテーションセンター
http://www.lighthouse.or.jp/rehab2.html

〈職業訓練〉

〇国立職業リハビリテーションセンター
http://www.nvrcd.ac.jp/

〇国立吉備高原職業リハビリテーションセンター
http://www.kibireha.ac.jp/

〇日本盲人職能開発センター
http://www.os.rim.or.jp/~moushoku/

〇日本ライトハウス視覚障害リハビリテーションセンター
http://www.lighthouse.or.jp/rehab2.html

〇障害者職業能力開発校一覧
http://www.mhlw.go.jp/bunya/nouryoku/career-syougaisya/shokunoukou.html
(宮城県、神奈川県、大阪府、広島県、福岡県の職業能力開発校が視覚障害者に対応)

〈委託訓練〉

〇視覚障害者就労生涯学習支援センター
http://www6.ocn.ne.jp/~shurou/

〇NPO法人トライアングル西千葉
http://www9.plala.or.jp/triangle_nishi/

〇SPAN(視覚障碍者パソコン・アシスト・ネットワーク)
http://www.span.jp/

〈その他〉

〇視覚特別支援学校(盲学校)一覧
http://www.tenji.ne.jp/cgi-bin/mou_list.cgi

〇日本視覚障害ヘルスキーパー協会
http://healthkeeper-jp.com/

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編集後記

本冊子は視覚障害者当事者が作成したものです。ご覧になって、どのような感想をおもちになられたでしょうか。

これから視覚障害者の雇用をお考えになっている企業の担当者の方々のなかには、新たな疑問や具体的に聞いてみたいことがでてきた方もいらっしゃるのではないかと思います。

こうした疑問や質問は、誰かが手を挙げて答えないかぎり、決して解決するものではありません。私たちタートルでは、採用担当の方と個別に相談したり、支援機器や事例を紹介したり、会社に出向いて視覚障害についてのセミナーを開くといった活動を通して、こうしたニーズに応えていきたいと考えています。

そのためにも、多くの企業はもとより、眼科医、産業医の方にもこの冊子をご活用いただくとともに、よりよい内容へと改訂を重ねていくことが、当会のこれからの課題と考えております。今後とも、よろしくご支援・ご協力のほど、お願い申し上げます。

NPO法人タートル 篠島永一

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