会報「タートル」48号(2007.7.14)

1998年10月9日第三種郵便物認可(毎月3回8の日発行)
2007年7月14日発行 SSKU 通巻2506号

中途視覚障害者の復職を考える会【タートルの会】 会報
タートル48号


目次
【巻頭言】
NPO法人化で一歩踏み出しましょう(新井愛一郎)
【1月交流会記録】
障害者の人材紹介会社を経営して(木村志義)
【職場で頑張っています】
私がやりますといえる自分になれた(赤堀浩敬)
周囲の支えがあっての自分(野上鋼一)
【タートルの会定期総会とNPO法人タートル設立総会】
【人事院通知の意義、活用等について】
【連続交流会年間スケジュール】
【会費の納入のお願い】
【お知らせ】
【編集後記】


【巻頭言】
NPO法人化で一歩踏み出しましょう-たくさんの人が待っている、自分の体験を活かしてその声に応えていきましょう!

(幹事 新井愛一郎)

 6月16日(土)、タートルの会の定期総会とNPO法人タートルの設立総会が開催されました。
 午前中のタートルの会の総会では、NPO法人への移行が承認され、また午後のNPO法人タートルの設立総会では、定款や活動計画などについて一部修正等が行われ、認証申請作業に移ることが承認されました。いま認証申請の手続き作業を進めている最中です。
1 法人化への思い
 細かな作業を進めながら、私の一番の思いは、会員の仲間一人ひとりと「今までもがんばってきたけど、法人化をステップに、みんなの体験をしっかり出し合って、交流の輪を社会全体に広げていきましょう」という共通の思いを交わしたいということです。
 私は、障害年金の仕事をしています。視覚障害の方からも毎月何件か請求があります。現在の生活状況などが「申立書」の中に書かれています。その中で「働けなくなって退職した」というものがかなりあるのです。私の担当地域は日本全国のほんの一部です。これから考えると、全国では多くの視覚障害者の方々が、情報もなく、孤立して、退職という結論を導き出しているということだと思います。もちろん、皆さん一人ひとりこれからの進路に関する考え方は違います。でも、進路を考えるときに、たくさんの情報を伝えていきたいし、タートルの会に集っている人たちの体験をぜひ知っていただきたいと思うのです。タートルの会の結成以来のたくさんの交流会の開催、会報の発行や本の出版などの活動は勿論のこと、「第二会議室」と呼ばれる交流会後の飲み会など、これらにに共通する一番大切なことは、タートルの会に集まる「生きた体験」をたくさん持っている会員たちが、自分が働き続けるために、さらにこれから働こうとする人のために、繋がりをもっていきたいということだと思うのです。百人百様の「生き様」が何よりの「宝物」であり、これを、もっともっと、社会全体に広げていきたいということです。
 そう考えてみますと、私たちは自然と社会全体を相手にする活動に踏み出していっているのだと思います。「大きな団体と接触するときに任意団体だと社会的に相手にされないので法人化する」、私たちの目指すものは、そんなことでは決してありません。私たちの声が届いていないところ(届いているところの方が圧倒的に少ないのですが)に、ぜひ私たちの体験の輪を伝えていきたいと思うのです。それを、いくらかでも効果的に進めたいというのが、今回の法人化へのチャレンジなのです。
2 皆さんの協力が不可欠
 社会全体を相手にしていく、NPO法人になるとそんな団体になるわけです。ところが役員の意識や人的な体制をみても、目標は大きく提起したものの今までと変わらない状況です。役所に出す書類もたくさんあります。会計の処理なども大変です。また、今までのように役員ががんばればいい、ということでは片付けられないことがたくさん出てきます。目標と現実との差、これがタートルの会の偽らざる現状です。
 でも、これまで歩んできた道を、さらにパワーアップして再スタートすることを決意したわけです。もう後戻りはできません。
 ここで大切なのは、多くの皆さんに呼びかけて、協力してくれる人の参加を求めていくことです。特に、書類の整備などは見える人がたくさん必要です。これはいま直面している問題です。会員の皆さんは、社会全体に対して、一緒に働きかけていく役割を持つということです。ぜひとも、皆さんの力を寄せてください。周囲でやる気のある活動的な人がいたら、ぜひ紹介してください。
 みんなで、タートルの会の良いところを継承しながらも、NPO法人タートルとしてさらに一歩踏み出していくことを考えてみましょう。


【1月交流会記録】(2007/1/20)
障害者の人材紹介会社を経営して

ジョイコンサルティング 木村志義

 皆さんこんにちは、ジョイコンサルティングの木村です。簡単に私の自己紹介をさせて頂きます。私は障害者専門の人材紹介会社を経営しております。人材紹介会社というのは、いわば結婚相談所みたいなものです。私はこの仕事をする5年前まで障害者の方々に関わったことがなかったのです。会社を作ってすぐ障害者の方とまず触れ合うことが大事だと、いろいろな障害者の団体をホームページで調べました。その中でタートルの会を見つけて、その直後に訪問させて頂いて定例会などに出させて頂いたのが関係を持ったきっかけです。
 タートルの会は、主として復職を支援する会です。私の方はどちらかというと復職というよりも新たに就職することを仕事にしていますので少しずれますが、かなり共通する部分もあると思います。5年間会社を経営しておりますので、障害者の方の就職を実際に見てきた過程で感じたことを本音で話をさせて頂きたいと思います。石山さんから頂いた項目を参考に、お話しする項目を7つに分けました。最初に私がなぜ人材紹介会社、障害者専門の会社を立ち上げたかということ、2番目はなぜ人材紹介会社がビジネスとして成り立つのかということ、3番目は障害者雇用の概要は基本的にどうなっているか、4番目は視覚障害者の雇用事情はどうなっているのかということです。5番目として、障害者の就職活動の留意点、6番目として就職活動のテクニック、最後にジョイコンサルティングのPRとこれからの展望についてお話をさせて頂きたいと思います。
 最初に、私がなぜ障害者専門の人材紹介会社を立ち上げたかということについてですが、私は最初からこのような仕事をやりたくて会社を作った訳ではありません。5年前までは、サラリーマンとして製造業の営業をしておりました。なぜ人材紹介会社を始めたかというと、私はすごく仕事にこだわっていたことから、サラリーマンをやめようという決断に至ったところがあります。本当に仕事にこだわっている人達をサポートしたいなと思いました。人の生活する時間の中で働く時間が多く占めていて、その人の人生が楽しいか充実しているかは、やりたい仕事ができているかどうかによってすごく左右されると自分では思っておりました。そういった意味で仕事の部分で、サポートすることをすごくやりたいなと思って、自分で会社を作り、人材紹介会社を経営しようということがスムーズに自分の中に出て来ました。
 2002年の5月に人材紹介会社をスタートさせましたが、それまで人材紹介を全くやったことがなく、始めてはみたものの、なにか専門的な分野に特化しないとこれはやっていけないなと感じました。その頃に私の弟が大手通信系企業の人事をやっていましてリストラを担当しておりました。私が弟に、「兄貴が起業したのだから、リストラした人の中で優秀な人をこちらに回してくれないか。」と冗談混じりに言ったのです。弟に真顔で「そのような優秀な人についてはもう大手が対象としているので、そんな大手の真似をしたって成り立つ訳がないじゃないか。」と言われました。「じゃあどうしたらいいのだろうか。」と彼に聞いたところ、「優秀な人を扱おうとするよりも、困っている人の問題を解決するという発想をしなければダメだ。困っている人とは、日本にいる外国人、高齢者、障害者、妊婦の方だ。」と教えられました。いろいろ考えてみて、外国人、高齢者、妊婦は難しいと気がつきました。私は一般の人材紹介会社としての仕事もしており、企業の採用担当の人から、障害者の方の雇用について法律で雇用率が定められているが、守れなくて困っているという話を聞きました。私はこの仕事を始めたときはそのような法律があることも知りませんでした。それでハローワークに行って障害のある方達の就職について聞いてみたのです。ハローワークの方でもなかなか就職できる人がいなくて困っているという話を聞いて、企業側の方も雇おうというニーズがあり障害のある方も働きたいと思っているのに、結果として就職に結びついていないことが分かりました。その橋渡しを仕事にすることに可能性があるのではないだろうかと、約1ヶ月、いろいろ調べて障害者専門の人材紹介会社としてやっていこうと決めてスタートを切りました。
 次に、人材紹介会社というのは何なのか、なぜそれがビジネスとして成り立つのかということです。今は何社かできているようですが、私が作った頃は私の会社しかありませんでした。その当時どうやって就職しているのかといえば、ハローワークがメインで就職していました。ハローワークは企業からすると無料で人材を採用できるということです。うちの会社の場合は成功報酬で、企業がうちの紹介で人を採用したらお金をいただくやり方をしているのです。それではなぜお金を払ってまで人を採用するのかについてお話をしたいと思います。ハローワーク経由で就職する場合は、合同面接会といって、東京都ですと東京体育館にハローワークの呼びかけで300ぐらいの企業がブースを構えます。そこに千人ぐらいのハローワークに登録している求職者の方が仕事を求めて、企業側は人材を求めて、そこに千人と300社が集結するのです。私も会社を始めた頃見学してみたのですが、3時間ぐらいしか時間がありません。その時間の中で300社の面接を受けることは当然無理なことで、実際にはどうしているかといえば、有名な企業の順番で受けるとか、条件のよい順番に受けるという状況です。そうすると、企業によっては長蛇の列になったり、千人ぐらい来ているのに全く話ができない企業があったり、すごくばらつきがある感じを受けました。今企業の方はある程度の規模のところを中心に障害者の方を雇おうとしているのですが、その辺のところがギャップになっています。有名なところは人が集まりやすいので、かなり競争率も高くなって結局多くの人がそこには採用されないことも現実としてあります。今、うちで紹介させて頂いている企業は、超有名な企業ではなくて、なかなか人が集まって来ないところが多いです。でもそういうところは、そんなに厳しい基準を設けると人が採れないと経験上わかっていますから、企業の中でサポートできる部分はサポートしようと出来るだけ間口を広げたりしているところがあります。そういった情報がハローワークの求人票だけでは仕事を探している人に伝わらないことがほとんどです。この人だったらこのぐらいいける、そういう細かなところのマッチングをして、その結果就職につなげているのが人材紹介会社の特徴であり、これが5年間続いている要因だと思います。
 続きまして、現在の障害者雇用の概要です。先ほど企業の方で採用ニーズが高まってきていると言いましたが、そこの背景には、障害者の雇用促進法があります。「従業員56人以上の企業は、従業員の1.8%、障害者手帳を持っている人を雇って下さい。」という法律の規定があります。実際この法律の規定を守らないと納付金、ペナルティーがあります。私が会社を作った頃は、従業員300人ぐらいの会社を対象としていたのですが、今は200人ぐらいに規模を落としたところまで指導をしています。行政の方は企業に対してかなり指導を強めているところがあります。何でそんなことをしているのかといいますと、おそらく障害者自立支援法の関係もあって、障害のある方は、「福祉の支援を受けないように、自分たちで自立できるようにして下さい。」というような考え方が基本にあると思います。自立しなさいといっている手前、働き口を福祉から民間企業、一般就労へ受け皿を作らないといけないという流れがあります。会社を作ってから5年目ですが、年々行政の指導が強まってきていて、それに対して雇おうとする企業が増えてきているのが実情です。結果として障害のある方が働く機会ができるのであれば、世の中の流れや法律をどんどん使っていいと思います。これはいい面、今の流れの中ではポジティブな側面だと思っています。そのようなこともあるのですが、そんなにいい話ばかりではないのも実際に就職サポートをしていると感じています。その辺については本音でお話をさせて頂きます。今までは雇用率の対象が身体障害と知的障害の方だけでした。さらに精神障害の方についても、企業の方にも就労の機会を増やそうという行政の意図で、去年の4月から精神障害の方も法律の枠の中に入っています。ただ企業の方では精神障害の方に対する必要なサポートについて、まだノウハウがない段階です。身体障害の方、視覚障害も含めてですが、企業のニーズは高まっていますが、障害の程度の重い方についての雇用は、全体のニーズの盛り上がりに比べると、まだこれはこれからの問題点だなと思っています。発達障害の方、難病の方、障害者手帳を持っていない方は雇用率の対象になっていないので、企業の方の関心がまだあまりないということを感じています。
 視覚障害の方の雇用の実情はどうなのかをお話したいと思います。まず他の障害と同じように障害の程度の重い方がまだまだ進んでいないということを強く感じています。今、視覚障害の方の就労は、主に事務系かヘルスキーパーの仕事です。この分野の企業からの求人が割とあって、うちでも実績としてあります。ヘルスキーパーも先ほどお話した雇用を促進しようという流れと景気回復の局面から福利厚生の方にも手が回りだしたことで、少しずつですが増えてきてはいます。比較的軽い弱視の方は、なるべく目に負担がかからないようにパソコンの使用時間を減らしたり、ラッシュ時の人ごみを避けるために時差出勤をするなどの配慮を受けて、事務の仕事についている方は結構います。去年サポートした建設設計の経験がある方の例です。CADなどは視力の関係で使えなくなっているのですが、そこの見積もりや積算業務などはこれまでの経験でできるので拡大読書器などの支援機器を使いながら経験を生かすような仕事をしています。研究職や比較的ノウハウや経験がある方はそれを活かす仕事をしています。パソコンや仕事の組み立てをしたり、支援機器を使うことで就労をしている例もあります。
 障害者の採用の問題点として、比較的障害の重い方の採用が進まないということは本当に寂しい話なのですが、端的に言って企業の方も重度障害者を手助けする余裕がないという実情があります。人柄もよくて能力のある方のサポートなどもしてきたのですが、なかなか民間企業は難しくて、役所などはまだ民間企業よりは墨字のプリントを読み上げてあげたり、職場のサポートがあるようでして、結構能力を生かしている方もいるようです。
 このような事情の下でどうやって就職に結び付けていこうかと社内でも話し合ったりしているのです。電話は使えるので何か切り口はないかと思うのですが、昔ながらの交換手という仕事がなくなって、コールセンターの仕事はかなりあるのですが、そこもかなり能率を重視されるような傾向があります。いろいろと聞いてみると、時間当たりどの位こなせるかということや、電話で受けた内容をその場でパソコンに入力したり、かかってきた方の顧客データを見ながら対応しなければいけないということもあります。視覚障害の方などに聞いて、片方の耳で電話を聞きながらもう一方では読み上げソフトを聞く事をできることも、能率が本当に求められるような中で本当に優位性があるのか疑問です。耳が聞こえるから電話でというのは、今の世の中の仕事の流れの中にはついていけないのかなと感じています。メールを使うことで電話とは切り離した方がよいのではないかと思います。
 次に、就職活動の留意点についてお話します。私もサラリーマンの頃転職しましたし、今まで数百人の人の就職をサポートしてきました。そこで感じたのは、本当に就職は、簡単な言葉ではありますが、縁だなと思います。ある人を企業に紹介したところ、その人の評価がとても低くてがっかりしたことがあるのですが、その人を別の企業に紹介するとべたほめだったりされる場合があります。誰がどう見ても素晴らしい方もいますが、そんな人はごく一部です。何らかの癖や相性があり、どう受け取られるかということは縁の世界なので、なるべく多くの機会を自分で作っていくのが大事だなと感じています。ジョイコンサルティングは企業を紹介する機関ですし、いろいろなルートを持っていますので、さまざまな分野で活動してみるのが大事だと思います。
 次にお話することは、非常に難しい事なのかもしれませんが、紹介会社の立場で言います。自分はこの障害を持ちながら何ができるのかというよりは、障害のことは一旦置いて、自分は何がしたいのか、自分は能力的に何ができるのか、そして、自分には能力的に何が足りないのか、何がしたくて、何ができて、何が足りないのか、そこを明確にした上で仕事の方向性を出したりすることは、障害のない人と同じだと思うのです。そこを明確にした上で、その方向性に向かっていくために今自分にある障害についてどう対処していったらいいのだろうという順番で考えていただくと、非常に紹介会社としても企業に提案をしやすくなります。例えば、視覚障害の方で、「自分は営業をやりたい、ただ中途障害で今はやっていないのだけど、自分は営業をやりたくて営業の経験もあって結果も作ってきた。」と言います。そういう方向性が出たところで、目に障害があって移動が難しいという場合に、何で営業がやりたいのかまで掘り下げていくと、お客様と問題を解決していくのが楽しいとか、お客様と接しているのが楽しい、なぜ営業なのかというその人の希望が明確になってくるのです。例えば、ホームページなどから消費者からの問い合わせなどをメールで受け付けて、それに対応するような仕事があるとします。そのような営業がやりたいという理由を満たすことが、その人にとっても可能になってきます。企業に紹介する場合も「この人の強みはここにあって、このようなことを希望しているのです。目に障害はありますが、結果を作れます。」というような紹介の仕方ができます。現実的にそこまでやっている企業はごく一部です。現実から考えると簡単なことではないですが、そういったところから企業の方に提案をしていける方向でやっていきたいと思っています。ですからそんな考え方を持っていただければ助かるというのが、我々の立場からのお話です。
 次に就職活動のテクニックのことです。就職活動で弱視の方で履歴書をがんばって手書きで書く方もいらっしゃるのですが、手書きですと枠からはみ出したりもします。パソコンで仕事をやっていこうということであればそんなことでがんばるより、パソコンできれいなものを作った方が、こんなこともできるというPRにもなるので、そういう方向でやった方がいいと思います。履歴書とか職務経歴書で空白の期間ができると、書類選考などであまり評価が高くないので、自分で目標を設定して、この間はどういうことをやっていたかということを説明できればすごくいいと思います。先ほど言いました建設設計の方の例ですが、その方は拡大読書器をお使いになることを希望されていました。設計の方なので図を描くのが得意なので、自分の机の上の機器類の配置などイメージがわきやすい部屋を作ってもらえるように提案していただければ、現実的に機器などを使っている人を受け入れたことがない企業などはイメージがわいて安心することにもつながると思います。
 最後に私の会社のことをお話します。創業5年目となり、今7名で仕事をしていますが、これからもさらに発展させてやっていきたいと思っています。障害者の雇用問題は自分の会社で解決していく課題だと考えております。うちの会社はほとんどの障害を対象としていますので、どうしても知識が浅く広くなってしまうのですが障害の種類ごとにポイント、ポイントでやっているところがあるのです。私がタートルの会に参加しているのも、各障害について知識を深めながら、今のいろいろな問題点を解決するために皆様から教えていただきたいからなのです。会社として少しずつ新しいことをやる余裕もできてきましたので、これからこのようなことを解決していきたいと考えております。
 きょうは概要的な話で具体的な話はあまりできなかったのですが、次にお話ができる時にはもっと具体的な話ができるようにがんばりたいと思います。貴重なお時間をいただきありがとうございました。


【職場で頑張っています・その1】
私がやりますといえる自分になれた

赤堀浩敬(株式会社興人ハウジング事業管理室)

 私は、入社してから19年目の1998年4月、右眼の網膜剥離での入院をはじめ、2003年9月までに7回の手術(白内障を含む)をし、入退院の繰り返しでした。目が悪くなるたびに手術をしましたが、目は悪くならないが良くもならず、現状の視力を保つのみの手術でした。また、家族からのアドバイスや友人からの紹介もあり、近畿の病院を4ヵ所も訪ねましたが、どこも同じように、「これ以上よくなる可能性は今のところない。」との返事でした。最後に訪問した病院の先生から、「社会支援を受けられた方がいいと思いますよ。」とアドバイスをしていただきました。2003年11月、身体障害者手帳を申請しました。
 目が悪くなってはじめて手術を受けたときは、目は完全に治るものだと思っていましたので、不安は全くありませんでした。ただ、多少視力は低下することは仕方がないと思っていた程度でした。ですから、仕事は退院すれば復帰できていました。
 その頃の仕事の内容は、建築現場の管理、図面チェック、見積書作成、アフターメンテナンスの対応をしていました。しかし、「目が悪いから仕事ができない。」という意識は私自身にはありませんでした。ただ、会社からは、「あまり現場に出て欲しくない。」とのお話はありました。それから数ヵ月後に、技術から営業に移りました。
 その頃からか、今度は左目の方がなんとなく見えづらくなってきて、案の定手術することになりました。退院後も視力は低下していましたが、なんとか、書類や図面は見えていました。しかし、一生懸命、書類やパソコン画面を見ていたせいかどうかわかりませんが、だんだんと視界が白く見えてくるようになりました。書類等の字が見えづらくなって、白内障の手術をしたのですが、あまり良くはなりませんでした。
 その頃からパソコンや書類を見るのがつらくなり、何でも部下や同僚にしてもらっていました。また、契約書は自分で確認しなければなりませんでしたが、限界があり、同僚に読んでもらっていました。しかし、毎回読んでもらうのも悪いので、完全に同僚にお任せしました。このような繰り返しでだんだんと自分の仕事がなくなってきているような気がしていました。極めつけが会社からハウジング事業の休止との方針が出たことで、この業務に携わっていた従業員は辞めたり、他部署に異動しました。残された2名でアフターメンテナンスなどの業務をしなければならなくなり、戸惑いを感じました。
 その頃、同僚から「日本ライトハウスに行ってみたら。」とアドバイスを受けました。そして日本ライトハウスから「タートルの会」を教えていただき、同じような悩みを持った方々と巡り会えることができ、勇気と元気をいただきました。また、仕事に活用できるグッズを知りました。現在、拡大読書器により図面、住宅地図、謄本がよく見えるようになりました。図面をみながら顧客や業者と電話でやり取りができることをものすごくうれしく思っています。
 今までお願いしていたことを、「私がやります。」と言える自分になれたことがいちばんいいですね。


【職場で頑張っています・その2】
周囲の支えがあっての自分〜ヘルスキーパーでの復職を果たして〜

野上鋼一(アイシン精機株式会社)

 僕の目の病気は、網膜色素変性症です。現在は、矯正視力は0.3ですが、右目はほぼ見えない状態で、左目も中心の視野がほとんどなく周辺の一部が少し見えている程度です。
 この病気を診断されるまでのことを振り返ってみると、普段の生活には困らなかったので病院にも行かず、単なる近視と自分では思っていました。そして高校を卒業後、アイシン精機株式会社へ入社しました。当時配属された部署は鋳造のラインでした。夜勤も普通にこなしていましたが入社して5年が経過した頃から、よく人とぶつかったり、不良品を良品と間違えるという失敗が増え、上司や先輩に注意を受けることが多くなりました。その時はメガネが合わないためだと思い、レンズの度を上げようと市内の病院へ行き、診察を受けたところ、精密検査をするようにと勧められました。数日後、網膜色素変性症と診断され、先生から、現在の仕事はいずれできなくなる可能性が高いので盲学校へ行き、マッサージの資格を取得したほうがよいとの話がありました。しかし、すぐには自分の病気を受け入れる事ができず、手術で治るものだと軽く思い、そのまま放置し、どのような病気なのかも調べる事はありませんでした。そして目の病気の事は、職場の上司や先輩には話すほどではないとさえ思っていました。しかし、仕事の面で困難を感じ始め、自分の失敗が増えたために職場の仲間からの視線も気になりだし、「なぜ自分だけこのような思いをしなければならないのか」とすごく将来が不安になってきました。みんなに迷惑をかけてしまって、自分でもどうしたらよいのか分からない状態でもありました。
 そんな時、病気の事を調べてくれたり、仕事の相談にものってくれ、一緒に考えてくれる妻と出会いました。いろいろ彼女に話を聞いてもらった結果、気持ちの整理ができ、上司に相談して職場を変えてもらうことになりました。新しい職場は排水処理場で、処理した水の色を区別したり、メーターを読むという仕事の内容でした。ここで仲間になった職場のある先輩から身体障害者手帳を申請したらどう?と助言されました。手帳を持つことに抵抗のあった自分でしたが、その先輩自身手帳を持っており話を聞くにつれ、「持つことは格好悪い」「恥ずかしい」というイメージを払拭してくれました。そこで病院で診断を受け、手帳を申請しました。その当時は、4級2種でした。
 3年が過ぎ、次第に文字や相手の顔などが見えなくなり、もう一度病院へ行き検査を受けた結果、視野狭窄が進んでおり、手帳の等級が1級1種に上がってしまいました。このことを会社に報告した結果、人事の方が工場まで来られ、今後についての話し合いが始まりました。最初は音声パソコンでの事務作業などをお願いしましたが、会社側は難色を示していました。やはり視覚障害者は、他の障害者と比べると物を作る事もできず、事務作業もできず、何もできないのかと絶望感に襲われました。
 同時に妻の妊娠が判りましたが、精神的に負担をかけてしまったのか、何回か切迫流産しそうになったことがありました。そんな時、網膜色素変性症協会(JRPS)の愛知支部の新井さん(名古屋盲人情報文化センターピアカウンセラー)に出会い、そこからタートルの会、そして愛知障害者職業センターに相談にのってもらっているうちに「今の会社で働いていきたい」という自分の意思を再確認することができました。会社の労働組合にお願いしたり、会社内にある障害者の支援を担当している「さわやかふれあいセンター福祉支援グループ」の方々との話の中で、社内に社員を対象にしたマッサージを施術しているヘルスキーパーという職種があるのでどうか、と紹介されました。「盲学校」自体に抵抗のあった自分でしたが、家族をやしなっていかなければならず他に道はない、との思いから妻や両親に相談し、盲学校へ行き「あん摩・マッサージ・指圧」の資格を取得する事を決心し、会社の方にも意思を伝え、お願いしてみることにしました。その結果、人事の方との話合いの場で、ヘルスキーパーの資格を取り会社に戻って頑張りたい、との意思を認めていただけることになりました。そのためには、3年間盲学校に通学するために会社を休職しなければならなかったのですが、自分は10年以上在籍があり2年半の休職期間がありましたが半年分が足りず、さわやかふれあいセンターの方々や、人事、労働組合の方たちの働きかけにより、会社から特別の配慮として3年間の休職期間をいただくことができました。
 2004年4月、愛知県立岡崎盲学校へ入学しました。その間の3年間の学生生活は、貴重な期間だったと思います。勉学は自分が考えていたより専門的で難しく、按摩の技術ひとつひとつとっても憶えることが膨大でした。また、3年という期間は受験に失敗できない、後には引けないというプレッシャーが自分に重くのしかかり必死でしたが、期間が決まっているという危機感は良い意味で自分を後押ししてくれたようにも思います。2007年の国家試験に無事合格でき、4月から会社に戻る事ができました。
 3年間は、自分の努力だけでなく、妻や両親に将来の不安と心配をかけ、時には自分のイライラをぶつけてしまったりもし、それらを受け止めてくれた家族、元職場の方々からの励ましのメールや電話、会社への月1回の報告書をメールで提出していましたが、その窓口になっていただいていた方からの叱咤激励、夏休みに職場を見学させていただけるよう配慮してくださったみなさん等、周囲の協力がなければ、今の自分がなかったと思います。
 今後、企業における視覚障害者が働けるヘルスキーパーという職種を受け入れてくれる社会の広がりを期待したいと思います。今後の自分の目標として、会社のマッサージルームに来られた方一人一人のニーズ、症状に合ったマッサージを提供できるよう、今の自分に満足するのではなく、勉強、努力し、「身体が楽になったよ」との声をばねに会社に貢献できる人間になれるよう努めたいと思います。


【タートルの会定期総会とNPO法人タートル設立総会】

 去る6月16日、東京都障害者福祉会館において、タートルの会第12回定期総会と特定非営利活動法人タートルの設立総会が開催されました。
 午前中に開かれた定期総会においては、例年の議題である活動報告・計画,決算・予算、役員の選出等に加えて、任意団体の中途視覚障害者の復職を考える会(タートルの会)から特定非営利活動法人タートルへの移行について議案が提出されました。
 この議案は会のこれからの活動についてたいへん重要であるとの認識から、全会員から意見をいただいた上で議決することとなり、事前に議決権行使書・委任状が往復はがきにより郵送され、賛成、反対、委任のうちいずれかに印をつけた返信が114人、無効5人から届きました。総会では、当日の出席者(36人)とこの議決権行使書・委任状あわせて、賛成148人、反対2人、無効5人となり特定非営利活動法人への移行が承認されました。
 午後開催された特定非営利活動法人タートルの設立総会には44人が出席して設立趣旨書、定款、役員、事業計画、収支予算などが審議され、幾つかの修正のあと満場一致ですべての議案が承認されました。
 移行までの段取りについては、設立認証申請書類が整い次第、東京都に申請書を提出することとなりますが、認証されるまでにはおよそ4か月かかり、さらに法務局に登記することによってはじめて特定非営利活動法人タートルが設立されることになりますので、本年度第3四半期になる見込みです。


【人事院通知「障害を有する職員が受けるリハビリテーションについて」の意義、活用等について】

 人事院が2007年1月29日付けで、「障害を有する職員が受けるリハビリテーションについて」(通知)を、各府省庁の人事課長あて発出したことは会報第46号のトピックスでご案内したところですが、この通知だけでは分かりにくいと思われますので、その意義と活用などについて解説してみましょう。
1.意義について
 通知の内容は「療養」と「研修」の二つの部分で構成されています。
 まず、療養については「1. 病気休暇の運用について」において、社会復帰のためにリハビリテーションを受ける場合、「負傷又は疾病が治る見込みがない場合であっても、医療行為として行われる限り病気休暇の対象になる」と療養の範囲を「負傷又は疾病が治る見込みがない場合」も含むと改められました。
 これまでは治る見込みがない疾病は療養の範囲に含まれないとして運用されていたため、そのような疾病を有する中途視覚障害者がリハビリテーションを受講しようとして病気休暇を申請しても承認されませんでしたが、今後はこの通知により他の疾病同様、病気休暇によりリハビリテーションを受けられるように改められたものです。
 次に、研修については、「2. 研修の運用について」において、復職などした職員が「点字訓練、音声ソフトを用いたパソコン操作の訓練その他これらに準ずるもの」を受ける場合は、健常者を対象にすでに運用されている制度を適用し、健常者の研修と同じ根拠法令によりリハビリテーションが受講できると改められました。
 人生の中途において治る見込みのない負傷または疾病を持った者が、それまで培ってきたノウハウを活かしながら働き続けたいと強い意欲を持っていても、職務の遂行に必要な電子情報機器などの操作訓練を受講できなかったため希望がかなえられなかった事実もありましたが、今回新設された研修制度はそれらの問題の改善が期待できるところに画期的な意義があります。
2.活用について
 この通知が各府省庁の末端にまで普及し、日常的に円滑な運用が行われるようになるためには、多少時間を要することも考えられますが、われわれ障害当事者のほうから積極的に活用を申し出ることや眼科医などから積極的に勧めてもらうことなどが普及のポイントになります。
 これまで障害を持った者は、身分上の立場が不利になることを恐れ、障害の事実の報告を遅らせることになったり、病気休暇を取りたくても認めてもらえなかったりする事例が続発していたことは、障害当事者の私どもがよく分っていることですが、その結果ますます苦悩がかさみ心理的な疾病まで併発することになったり、あるいはリハビリテーションを受講できなかったばかりに働ける環境が阻ばれ、就労継続の気持ちを抱きながらもやむなく退職せざるを得なかった仲間もたくさんおられます。
 今後は、このような悲劇が繰り返されることがなくなり、当たり前に働けるようになることが期待されます。
3.通知がもたらす効果について
 この通知が円滑に実行されてゆけば、(1)障害を受障した当事者が、早めに職務能力の向上に対処できることが期待されること、(2)障害者をかかえることになった所属長は、対処根拠法が明示されたことで対処しやすくなったこと、(3)研修の受講の結果職務効率を何倍も高めることができるようになり人材の効率的活用ができること、(4)仕事が効率的に行われるようになれば安定雇用につながることが期待されること、(5)雇用が安定すれば経済的自立が図られることになることなど多くの効果が期待されます。
4.今後の課題について
 研修の実施主体者は各府・省庁、各都道府県などであり、対象者は公務員に限られているという限定的なものですが、今後はこの研修制度などが一日も早く周知徹底され、普及することが大いに望まれるところです。
 また、民間企業で働く視覚障害者に同様の措置が講じられ、広く普及することが望まれることから、7月30日に全国視覚障害者雇用促進連絡会(雇用連)等が厚生労働大臣あて要望書を提出し、交渉を開始する予定になっており、公務員と同様の研修制度等が早期に実現することが望まれるところです。


【2007年度の連続交流会年間スケジュール】

2007年度の連続交流会の目的は「参加者のニーズに対する様々な情報の提供」と「交流を深める参加者相互の情報交換」を中心に、参加者が希望する情報や障害者をとりまく最新の情報を提供し、参加者の立場から共感いただけるような内容にしていきたいと思います。
内容とスケジュールは次の通りです。
9月8日(土)
テーマ「障害者雇用に関するホットな情報の提供」
10月20日(土)
テーマ「就職、復職を問わず、当事者と雇用者の話し合い〜相互の理解」
2008年1月19日(土)
テーマ「職務に必要なスキルの向上」
3月15日(土)
テーマ「再就職・就労継続奮闘記」

テーマにつきましては2006年度の連続交流会で実施したアンケートから参加者ニーズを汲み取り選定しています。
 また参加者の交流を深める参加者交流会につきましては、講演終了後に、自由参加で開催いたします。普段、なかなか交流することの出来ない会員同士で情報交換やコミュニケーションを取ることで情報の幅を広げていただければと思います。
 なお、会員のメリットを明確にするために連続交流会において非会員(会員の同伴者は除く)の参加については有料になります。
 それでは今期の連続交流会にご期待ください。詳細につきましては開催の約1ヶ月前に会報、ホームページ、メーリングリスト等で告知させていただきます。


【会費の納入のお願い】

 タートルの会はこれまで中途視覚障害者などに対して、初期相談や交流会の実施、会報「タートル」の発行、「中途失明」「中途失明U」の出版などさまざまな活動を行ってきました。これからもその活動をさらに充実していきたいと考えています。特に、近い将来タートルの会はNPO法人タートルへと衣替えをすることになっており、社会的、公共的な活動を幅広く行うことが求められております。
 これらの活動に必要な費用は、毎年度会員の方々からいただいている会費(年会費5千円、賛助会費1口5千円)を原資にしております。
 2007年度の会費がまだ未納となっている会員は、同封の郵便振替用紙により早急に納入してください。
 もし、既に納入いただいている場合やなんらかの事情により納入が困難な場合は、事務局までご連絡ください。
 なお、納入いただけない場合は、会員としてのサービスを受けられなくなりますのでご承知おきください。


【お知らせ】

連続交流会
○ 9月8日(土) 午後2時〜
テーマ「障害者雇用に関するホットな情報の提供」
場所:日本盲人職能開発センター
○ 10月20日(土) 午後2時〜
テーマ「就職、復職を問わず、当事者と雇用者の話し合い〜相互の理解」
場所:日本盲人職能開発センター


【編集後記】

 2007年度の総会が終了しました。最大の課題は、これまでの任意団体からNPO法人への移行の議案でした。これまでの総会は当日の出席者だけで議案の賛否を議決していましたが、交通機関の乗換えが難しいため総会会場まで来ることができなかったり、東京から離れているため参加が困難であるなど、多くの会員の意見を反映した結論を得ることが難しかったきらいがありました。NPO法人への移行の問題は会のこれからの活動の方向を定める大きな問題だとの認識から、会としてははじめて書面により意見をいただくこととしました。その結果、多くの会員から返事をいただき、意見を集約することができました。
 近い将来、タートルの会はNPO法人タートルとして活動を始めます。これまでにもまして会に対する会員の協力を必要とすることとなります。いつでも電話、連絡用メール、メーリングリストなどでご意見をいただき、それを基に、会員の考えを反映した活動を考えていきたいと思います。
(会計 森崎正毅)

中途視覚障害者の復職を考える会【タートルの会】会報
『タートル48号』
2007年7月14日発行 SSKU 通巻2506号
■編集 中途視覚障害者の復職を考える会 会長・下堂薗 保
■事務局 〒160-0003 東京都新宿区本塩町10-3
     社会福祉法人 日本盲人職能開発センター 東京ワークショップ内
     電話 03-3351-3208 ファックス 03-3351-3189
     郵便振替口座:00130−7−671967
■タートルの会連絡用メール m#ail@turtle.gr.jp (SPAM対策のためアドレス中に # を入れて記載しています。お手数ですが、 @ の前の文字を mail に置き換えてご送信ください。)
■URL=http://www.turtle.gr.jp/


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