【インタビュー】頭の中に座標軸がある! ―見えないけれど地図派の私のPC操作法
子供の頃から全盲で、高校まで視覚支援学校で学ばれたEHさん。一人で外出する時も道順を言葉ではなく頭の中に地図を思い浮かべて覚える「地図派」だと自称されていて、PCの操作も頭の中に座標軸をイメージして操作しているとのこと。
そんなEHさんが、日々の仕事の中で目が見えないことで感じるカルチャーショックや、それを乗り越えて企業の第一線で活躍されている秘訣についてもお話を伺いました。
EHさんプロフィール:
企業の人事部門に勤務。先天性の全盲。
目次
人事部門で障害者雇用のさまざまな業務、社内啓発や新規業務開発などを担当
― 今日は、お忙しいところ、インタビューをお受けいただき、ありがとうございます。EHさんは一般企業にお勤めということですが、どのようなお仕事をされていらっしゃるのですか?
EH:
私は企業の人事部門で仕事をしていまして、ほぼ先天性の全盲でネイティブ点字ユーザーです。小中高は視覚支援学校で学んで、大学は一般の大学に行き、その後、社会人となりました。
― 企業の人事部門にお勤めということですが、人事のお仕事と言っても採用や労務管理などさまざまだと思いますが、具体的にはどのようなお仕事をされている…のですか?
EH:
私は障害者雇用関連のさまざまな業務、例えば障害者雇用に関する社内啓発であったり、新規業務開発や人材育成、それから障害者雇用に関係のない業務としては採用や社員育成などにも広くかかわっています。
― ずいぶん幅広い業務を担当されているのですね。例えば障害者にかかわる業務についてもう少しお伺いできますか?
EH:
具体的にお話しますと、障害者の働いている職場の活動について社内で定期的に情報発信しているのですが、この情報発信に関してどのような記事をどういうタイミングで発信するかを企画し、実際にその記事の執筆や必要に応じてインタビューを行い、その内容を記事化したりもしています。それから、新規業務改革の分野では障害特性にあった業務を会社の方向性も合わせて開拓するために他部署からの情報収集、プランニング、パイロットプロジェクトの運営などに取り組んでいます。
― EHさんは全盲だと伺いましたが、こうした業務はスクリーンリーダーを使って音声だけで行っているわけですか?
EH:
はい。仕事では、私はスクリーンリーダーにはJAWSを使っていて、NVDAをバックアップとして入れています。ちなみに自宅の環境も同じです。
― プライベートでもJAWSを使っているのですね。タートルICTサポートプロジェクトで昨年(2021年)実施したアンケート調査では、JAWSは仕事で使っている人の比率が高く、プライベートで使っている人は少ないようでしたが…。
EH:
最近は、さすがにJAWSはいい値段なので、どうしようかなと思っているのですが(笑)。なぜ私が自宅にもJAWSを入れているかというと、私は、実はITがとても苦手で、複数のスクリーンリーダーのショートカットキーを覚えるのはとても無理なんです。省エネでITを使いたいと思っているのが本音なので、なるべく会社と自宅の環境を同じにしておきたい、それが自宅にもJAWSを入れている一番大きな理由です。
目の見える人は、図や画像を使ったPowerPointを作るために、とても時間を使っていると思う
― EHさんは社内への情報発信を行われているとのことですが、どのように仕事を進めていらっしゃるのですか?
EH:
記事の企画とドラフト作成は、もちろん自分でやりますが、すべてを一人でやっているわけではなくて、誤字のチェックは別の方にやってもらっています。また、社内では私以外はすべて見えている方なので、多くの方の目を引き、イメージを持ってもらいやすくするためには記事に画像を入れる必要もあり、その画像資料の選定やレイアウトは、やはり他の方にやってもらっています。
― なるほど、周囲の方とうまく業務を分担して効率よく仕事をしているのですね。こうした仕事の分担を職場で理解してもらう上で何か工夫をされていることはありますか?
EH:
そうですね、そのやり方には、なかなか正解というものは無くて、日々トライ・アンド・エラーの繰り返しですね。「ああ良かった」と思うことと、「どうしたらいいんだろう」と思うことの繰り返しです。でも、私が心がけているのは、新しい方と仕事をすることになった時には、なるべく早めに視覚障害があることを伝えて、読み上げソフト(スクリーンリーダー)を使って仕事をしているということを伝えるようにしています。その時には、何ができて何が難しいかということを伝えるのですが、この説明の仕方は、とても難しいですね。
例えば、PowerPointはスクリーンリーダーだけでは難しいじゃないですか。もちろんテキスト情報だけのものならいいのですが、そんなPowerPointはなかなかなくて図や画像が使われているものがほとんどですし、その文字情報の配置のされ方とその位置関係が意味を持っていてそれを理解することが重要だったりしますよね。だからと言って、「PowerPointは使えません」と言うと、私の会社はPowerPointの資料がとても多いので仕事にならない。ですので、PowerPointは使えないという言い方はせずに「理解しづらいです」ぐらいの言い方にします。本当は、PowerPointについてスクリーンリーダーでできることとできないことを細かく説明したいところですが、場合によってはなかなかテクニカルな話でもあるので、すぐに理解して覚えておいてもらうというのは難しいこともありますよね。ですので、その時々の仕事について自分がどこまでやれるか、その仕事で扱うことになる資料に文字情報が多いのか、視覚情報が多いのか、そうしたことを想定しながら、状況に合わせてどこまで説明して理解してもらうか、日々、試行錯誤しています。
― いろいろと試行錯誤しながら、周囲の理解を得ているのですね。逆に、EHさんが目が見えないことで周りの方々の仕事の進め方について感じることや不思議に思うことなどはありますか?
EH:
そうですね。これは自分がそういうことを活用できないから思うのかもしれませんが、手の込んだPowerPointを作るために、とても時間を使っているんじゃないかと思うことがありますね。やたら図形とか写真を使っているけれど、言いたいことは2行で終わるんじゃない?というようなことがありますね(笑)。
― 確かに画像をたくさん使っている割には何を言いたいのか分からないような資料もありそうですよね。
EH:
グラフなどで細かく色を分けて表現したほうが分かりやすくなるものもあるのでしょうけれど、メッセージはシンプルなのに作り込みに労力を使って、私が読むのにも労力がかかって、資料は重くなって、なんかあまりいいことはないなあと思ってしまいます。そういうことは、普段はなかなか言えませんけれど(笑)。
例えば、「コミュニケーションを大切にしています」という一文が書いてあるだけなのに、人が楽しく談笑している絵が2つ貼ってあったりして、その絵はまあ無くてもいいのでは?というような感じですね。
見えている方は文字情報だけでなく、図や絵があって感覚的に理解したりするので、視覚情報も必要なのだとは理解しているのですが…。
― 確かに、見えているために本質的ではない部分に無駄な労力を使っていることもありそうですね。
EH:
でも、そういう時は、私も「見えない」から早めに周囲の人にテキストをくださいとお願いしているので、こちらも見える人に合わせてさしあげようと、自分で自分に言い聞かせています。
― それって「目が見えている人」に対する「合理的配慮」ですよね。
EH:
そうですそうです(笑)。
― そういう例って、他にもいろいろあるんじゃないですか?
EH:
確かに、文字を赤字にするとか、フォントを変えるとか、これらも晴眼の方への「合理的配慮」ですよね。どうしても、こちらがマイノリティだから、若干申し訳ないなという気持ちになり、肩身の狭い気持ちになることも多いですが…。
大学でスクリーンリーダーを本格的に使い始めた時は、カルチャーショックの連続
― ところで、EHさんは、スクリーンリーダーでのパソコン操作はどのように学んだのですか?
EH:
高校の時に自立に向けたスキルを学ぶというカリキュラムがあって、その中にパソコンを使うクラスがあり、私はそこで初めてスクリーンリーダーをそれなりに触るようになりました。
― ということは、小中学校は点字だけで学ばれていたのですね。
EH:
はい。私の時代は高校になって初めてスクリーンリーダーに触れるという感じでしたね。今はずいぶん時代が変わったので、もっと早くスクリーンリーダーを使い始めているでしょうけれど。
ただ、高校のクラスでは週に2時間ほどしか触らないので、それほど身につくものではなくて、なんとかローマ字入力ができるかなという程度まででした。
その後、大学に入って本格的に使い始め、そこで初めてフォントに大きさがあるとか、斜体があるということを知りましたし、レポートを提出するときなどに文字カウントと聞いて、「文字ってどうやってカウントするの?」、「どこからどこをカウントすればいいの?」と、戸惑ったりしました。
― 小中高と点字の世界で学んでこられた後、一般の大学に入学されたとのことですが、いきなり見えるのが当たり前の世界に入って、ずいぶん戸惑われたことも多かったのではないですか?
EH:
はい、いろいろありましたね。視覚支援学校では教科書は点字ですし、テストや宿題も点字で提出するのが当たり前なのですが、まず大学に入学すると当然すべて墨字で、授業を受けると言っても点字の教科書があるわけではないので、授業を受けるためには教授に事前にアポを取り、どういう合理的配慮をしてほしいかを話して、対応してもらう必要がありました。ですので、慣れるまでは大変でしたけれど、慣れてからは淡々とこなしていたように思います。
でも、今から思えば、他の人がやらなくてもいいことにすごく時間を取られなければならなかったなあと思います。
― 「合理的配慮」を受けるためには、自分から動いていかなければならなかったということですね。大学に入ってからスクリーンリーダーを本格的に使い始められたとのことですが、こちらでもいろいろとカルチャーショックがあったのではないですか?
EH:
はい、カルチャーショックの連続でした。そもそもどうやって普通の人がパソコンを操作しているかを知らないので、最初は自分が何故できないのかがわからない。人に聞いて説明されても「右クリックのナントカカントカ」と言われて、「はぁ?」という感じで理解できず、本当に自分は大丈夫かなあと不安になったりもしました。
今でも思い出すのは、大学時代のレポート提出で、書式や文字の大きさが指定されていて、それに合っていないだけで減点されるものがあって、確かに言われたとおりにできていないと言えばそうなんですけれど、そういうところで評価されるのは何故?と疑問を感じて葛藤していたこともありました。
でも、そうやって大学でいろいろと揉まれているうちに使えるようになりました。
― そうすると、大学で揉まれて自力で学ばれたということですか?スクリーンリーダーの操作方法を学ぶのは特別に訓練を受けないと難しいと思っていましたが…。
EH:
私の場合、大学の中だけでなく視覚支援学校つながりの先輩や友人に分からないことは教えてもらったり、同じ大学には視覚に障害のある先輩もいたのでそういう人たちに教えてもらいながら学んでいきました。タートルと同じで、そういうネットワークがとても大事だと思います。
― 中途の視覚障害者だとスクリーンリーダーを習いに行くとか職業訓練を受けるということになりますが、EHさんの場合はそうした訓練を受けるというより、実戦で揉まれながら習得していったということなのでしょうか。
EH:
大学時代は、そんな感じでやっていましたね。でも、大学で求められることと仕事で必要とされるスキルは違うので、会社に入ってから在職者訓練を受けて、そこでもう一度一通り習ったという感じです。
― 入社されてから在職者訓練で学ばれたのですね。在職者訓練で学ばれたことは、その後、仕事をしていく上で役に立ちましたか?
EH:
はい。それまでExcelの関数などは知らなかったのでとても役に立ちました。でも、それ以上に役に立ったのは、その時にやはりスクリーンリーダーを学びに来られていた中途視覚障害者の方が何人かおられて、視覚障害者としては私の方が経験はあるのですが、社会人としては彼ら・彼女らの方が経験豊かで、そういう人たちと会社で困っていることや悩みなどを相談できて、私はとても救われたと思っています。その方たちとは今でもお友達として続いています。同じ視覚障害を持って働く、自分とは違う経験を持った人たちとつながれたというのはとても良い経験だったと思います。
スクリーンリーダーの音訓読みで、漢字の意味を理解しながら、漢字かな交じり文を入力
― EHさんは点字で育ったネイティブ点字ユーザーだということですが、点字はかな文字だけで表現されていますよね。一方で、パソコン上で扱うのは漢字かな交じり文ですよね。もちろん、視覚支援学校でも漢字は習うのでしょうけれど、点字の世界で育ってきて、スクリーンリーダーを使って漢字かな交じり文を入力するのは、最初は相当難しかったのではないですか?
EH:
そうですね。でも、それはやはり、やりながら覚えるしかないですね。ただ、私は「ある程度は間違えてもしょうがないよね…」と、開き直っているところもありますね。もちろん今は調べようと思えば、自分で調べられますが、思い込みもあって、私は「人事異動」の「異動」は動く方の「移動」だと入社2~3年目まで思っていて、人から「異」(ことなる)なんだよと言われて、とてもびっくりした記憶があります。
― 人事異動の「異動」は、晴眼者でも勘違いしている人は多そうですけれど(笑)。
EH:
やはり、注意して学んでいかないといけないなとは思っていて、フィードバックをもらえる時は、変更記録で修正部分を残してもらって、余裕がある時にどういうところを自分が間違えているのかを確認しながら学んでいます。
― 画面を見ずにスクリーンリーダーを使って音声だけで漢字かな交じり文を入力しているのですよね。音声だけで、どのように変換候補から正しい漢字を選んでいくか、少し説明していただけませんか?
EH:
はい。スクリーンリーダーは、かな文字を入力して変換キーを押すと、変換候補を漢字の表記がわかるように訓読みで読んでくれるので、それを確認して正しい漢字を選択します。例えば、「てんき」と入力して変換キーを押すと、まず最初の変換候補を「天(アマ)の天、空気の気」と読むのでWeatherの「天気」だと分かります。もう一度変換キーを押すと「転がるの転、機械の機」と読むので、「人生の転機」の「転機」、もう一度変換キーを押すと、「転がるの転、記(しる)すの記」と読むので、これは「解答を転記する」の「転記」、というように理解できます。この音声を聞いて正しく変換された漢字を選んでいくことで、漢字かな交じり文を音声を使って入力していくことになります。ですので、読み上げる内容を理解するだけでなく、その読みがどういう文字かをスクリーンリーダーの特性と合わせて覚えておく必要があります。
― 以前、EHさんと同じ先天盲の方と話をしていて、よく漢字を覚えておられるのでびっくりした記憶がありますが、漢字を形ではなく、意味で覚えているのですね。
EH:
はい。普段からスクリーンリーダーがどう読むかを聞いていて覚えているので、家族に何かを読んでもらっていて家族が詰まったり、ちょっと変な読み方をされると、前後の文脈から「それは、こう読むんじゃないの」と言って、それが合っていることが意外とあったりします。
「地図派」の私は頭の中に座標軸を思い浮かべてパソコンの画面を理解する
― ところで、パソコンというのは、もともと目で見て使うように作られているものだから、「○○ボタンの横に△△があって」というように説明されることも多いじゃないですか。そういうことは、EHさんの頭の中では、どのように整理されているのですか?
EH:
私は画面は見たことが無いので画面上の配置は知らないわけですよ。なので、すごく困るのは、会社で「ほら、画面の上の方にある白いバーさぁ…」、というように説明されても分からないので、「すいません。何のリボンですか?ホームですか?ファイルですか?」というように聞き直して、何とかスクリーンリーダーで見つけられるような手がかりを得ながら、どうにかこうにか行きつくということになります。
― そうすると、EHさんにとって、パソコンはショートカットキーと音声で読み上げられるテキストデータで動作するものという感じで認識されているのでしょうか?
EH:
私は見えている世界を知らないので、PCの画面は分からないのですが、でも、ただ構造として説明していただけると理解しやすくなるということが、私の場合はあると思っていて、例えばAltキーを押してから左矢印キー3回とTabキー2回で何かのメニューに行けるとするじゃないですか、これをショートカットキーだけで覚えているとすぐ忘れてしまうのですけれど、頭の中に碁盤の目のような座標軸を思い浮かべて、自分のいるところよりもちょっと左下のように覚えると頭に入りやすくなります。
― そうすると、頭の中に仮想的なデスクトップをイメージして覚えるということですね。
EH:
私は先天盲の中では、空間認知が比較的得意な方だと思うんです。自分で言うのも何ですが(笑)。
言葉を頭の中で立体として想像するのは得意な方なので、ショートカットキーだけより座標軸をイメージしたほうが覚えやすいのだと思います。
ですので、視覚障害者向けのパソコン教室でもショートカットキーだけで説明される教室と画面構成から教えて下さる教室がありますが、私は画面の見た目の構造から説明して下さる方が断然分かりやすいです。もちろん自分が覚えやすいということもありますが、見えている人との共通言語が増えることで、会社で話している時に、「そう言えば、ツールバーというのがあると先生が言ってたなあ…」と思い出して、会話がつながることが増えるということもあります。
― なるほど、見えていた経験が無くても頭の中にはデスクトップの構成がイメージできているのですね。
EH:
単独歩行する時にも単純に「改札を出たら右に行ってそれから左…」というように言葉で覚える人と地図を描いて覚える人といると思うんですけれど、私は地図派なんだと思います。
― 先天盲の方にも地図派がいるのですね。
EH:
はい。私は見たことはないけれど、自分なりの言葉ではないイメージがあることで、より記憶が定着しやすいタイプなんだと思います。そのイメージは見たものではなくて、想像したものではあるのですけれど…。
― なるほど、心の目でデスクトップを見ているのかもしれませんね。
EH:
それから、私が比較的座標軸でパソコン画面を想像しているのは、たぶん私がショートカットキーを覚えるのが苦手だということもあると思います。よく使うショートカットキーはもちろん覚えていますが、あまり使わないものはすぐに忘れてしまうので、そういう場合は、「確か、校閲の所にあったよね」と座標軸をイメージして、Tabキーを押しながら探して、「ああ、あった、あった!」という感じで見つけるということになります。
― どちらかというと、見えている人がマウスを使って目的の機能を見つけていくプロセスに近い使い方ですね。
リモートワークが一般化して、オフィスで感じていたさまざまなストレスが軽減された
― ICTサロンなどで、職場のシステムがスクリーンリーダーで使えないというような課題をよく聞きますが、EHさんの職場ではどうですか?
EH:
それはいろいろありますね。例えば、経費精算のシステムは自力でアクセスが難しいです。ただ、ほとんど使うこともないので、たまにしかやらないものは余計にできないですし、ですので経費精算システムについては「できない」とわりきって、誰かにお願いすることにしています。
― 確かに、あまり使う必要のないシステムは、そういう対応もあり得ますね。もちろん、それができるのはEHさんが他の所で実力を発揮されていて、周りの方もそれを認めているからだとは思いますが。人事系のシステムはどうですか?
EH:
人事系のシステムは最低限のところは大丈夫です。ただ、他の人はもっと便利に効率よく使えているのだろうなとは思います。そこは葛藤なんですが。
― EHさんはネイティブ点字ユーザーだということですが、職場では点字ディスプレイを使っているのですか?
EH:
以前は使っていたのですが、今は使っていません。これには、少しいきさつがありまして、ずっと使っていたのですが、古くなって、Windows10になった時に使えなくなりました。新しく購入してもらおうかなとも思ったのですが、高価な物なので、まずは他のものを優先することにしています。
また、点字ディスプレイを会社のシステムにつなぐのは大変な労力が必要だというのも新しい点字ディスプレイを導入していない理由の一つです。実は、去年ぐらいまではなんとかつないでいたのですが、パソコンのアップデートのたびにつながらなくなり、その度にITデスクの人に時間をもらい、その人もよくわからない中で何時間も拘束することになるので、それが申し訳ないなと思うということもあります。
― 会社の環境で点字ディスプレイを使うには大変な労力が必要ということですね。
EH:
はい。機種や会社の環境にもよりますが、点字ディスプレイを接続するには管理者権限がないと触れない設定を変更したり、特殊なドライバを入れないと動作しないとか、どうしても自分だけではできないので、ITデスクの人の手を煩わせることもおきがちだと思います。しかも点字のマス数の大きいものは何十万円もするので、新たに購入してもらっても、また、いつつながらなくなるかわからない。今のところ点字ディスプレイがないと仕事ができないというわけでもないので(もちろんあったら便利ですが!)、それをお願いするよりはもっと優先順位の高いことがあるのでまずそっちを、というように思って、点字ディスプレイのことには特に最近は触れていません。
― EHさんの会社はPowerPointをよく使われているということですが、PowerPointを使って話をされる機会は多いのですか?
EH:
もちろん、PowerPointを作らなければならないこともありますが、私は必要な時以外は、なるべくPowerPointを使わないようにしています。コロナ以降、最近はリモートワークが多いので、会議室でみんなの前でしゃべるという機会は、ほぼ無くなりました。オンライン会議だと、出席者は全員パソコンの前に座っているので、会議資料は事前にメールで送っておいて会議中はそれを見てもらうようにしています。また、PowerPointだとどうしてもレイアウトやレベルなどの調整が難しいのでWordで資料を作成しておいて、画面共有するということが多いです。
― 会社のリモートワークの環境には問題はなかったですか?リモートワーク環境のスクリーンリーダーの使用で苦労している視覚障害者も多いと聞きますが。
EH:
幸いなことに、私の場合は、その点は問題なかったですね。
リモートワークは視覚障害という観点からもとても良かったと私は思っています。というのも、オフィスで仕事をしていた時には見えている人はできるのに、私だけできないということでストレスを感じることがいくつかあったのですが、それが無くなった。具体的に言うと、同じフロアに居るのだけれど、どこにその人がいるか分からないとか、今、席にいるかどうか分からない時には、私たちは誰かに「○○さん、席にいる?」と聞いて教えてもらうか、とりあえず近くまで行って「○○さーん」と叫んでみて、「○○さんは、今いないよ」と言われて、すごすごと帰ってくるということになりますが、それがリモートだと見える見えないに関わらずメールかチャットするしかないので、とても楽になりました。
また、以前はミーティングする時に会議室の予約システムがスクリーンリーダーで使えなかったので誰かにお願いするしかなかったのですが、今はZoomのURLを送付するだけなので自分でミーティングの設定もできるようになりました。ですので、リモートワークは私にとってはとても楽ですね。
― なるほど、リモートワークは、EHさんにとってはリアルよりストレスを感じる場面が少ないのですね。
EH:
そうですね。でも先日とても久しぶりに出社して同僚と直接コミュニケーションできる機会があったのですが、やっぱりそういうのも大事だなって思いました。視覚障害という点だけに限定したとしても直接会うことでこちらのニーズがより伝えやすかったり、向こうにもイメージしてもらいやすいのかなと感じました。なのでハイブリッドがいいですかね。
話は変わりますが、私はiPhoneも業務用に会社から貸与されているのですが、これがとても使い勝手が良くて、社内ではTeamsを使っているのですが、パソコンだと使いにくい場面があるのですが、逆にiPhoneだとサクサク操作できるし、しかも音声入力もできるのでiPhoneという武器が手に入ってとても仕事がやり易くなりました。
― 視覚障害者にとってiPhoneはプライベートだけでなく仕事でもとても便利に使えるツールですね。
EH:
はい。私は、iPhoneは視覚障害者の可能性を大きく広げると思います。
― 今日はいろいろとお話を聞かせて頂きありがとうございました。
インタビューを終えて
企業の人事部門で活躍されているEHさん。ネイティブ点字ユーザーでパソコン画面を見た経験が無いにもかかわらず、頭の中に座標軸があって、それを手がかりにしてスクリーンリーダーで目的の機能を見つけていくというお話が、とても印象に残りました。インタビューでは、そんなEHさんがパソコンを習得する過程で感じてきたカルチャーショックの数々や仕事の中で日頃感じている不思議な常識についてもお話を伺いました。
「私は、ITは苦手」と話されていたEHさんですが、ご自身の得手不得手だけでなく社内システムの課題などについても冷静に分析し、できないことはできないと割り切って、仕事の本質に向き合っておられるその姿勢こそ、必要以上にITに振り回されずに仕事をうまくこなしていくための極意なのだと感じました。