1998年10月9日第三種郵便物認可(毎月3回8の日発行)
2010年2月24日発行 SSKU 増刊通巻第3409号
NPO法人タートル 理事 篠島 永一
「タートル交流会 in Fukuoka」は、平成21年10月11日に福岡市立心身障がい福祉センター(あいあいセンター)にて行われました。情報誌タートル(9号)に3人(甲斐幸二氏、高野昭男氏、藤田善久氏)の体験発表を掲載しています。本誌と併せお読み願えれば幸いです。本誌タートル10号には、ロービジョンケアについて熱く語られた高橋広先生の講演録と関連資料を掲載させていただきました。本来ならば上記お三方の体験発表と同時に掲載すべきところでしたが、当方の都合で分散してしまいました。ご容赦ください。
さて、ロービジョンケアについて個人的な思いを書かせていただきます。私どもタートルは中途視覚障害者の雇用継続支援を軸足の基本としています。日本ロービジョン学会主催、NPO法人タートルの協力という形で、「第1回就労支援推進医療機関会議」が翌日の12日に福岡サンパレスで行われ、私も参加しました。
中途視覚障害者の雇用の継続を支援するために、眼科医が地道に取り組んで来られておられる一端を知ることができ、目の前の患者の悩み苦しみに寄り添い、真正面から向き合う姿勢に熱いものを感じました。
中途視覚障害者の雇用継続、復職、再就職などには、「障害の受容」が重要です。本人はもとより、家族、友人、職場の同僚・上司、人事、産業医、雇用主等に視覚障害について理解してもらわねば前に進みません。
まず、本人が自分の見え方、あるいは見える範囲などについて、具体的に知らされる、気づかされることが、現実を直視させ、また、本人が自分の見え方を他人に話せるようになることが大切、と。まさにこのことが周囲の人たちに自分の見えなさ加減を分かってもらえる要なのです。このことこそ眼科医が行うロービジョンケアのキーポイントといえます。結果的には、障害の受容を早めることにつながります。
中途視覚障害者が最初に関わる眼科医の「目が見えなくても働ける」という一言は就労支援に直結します。そのためにもロービジョンケアの必要性を我々当事者が強く訴えていかねばなりません。早期リハビリテーションをすすめることは眼科における直接医療費の縮減にもつながり、有能な人材を失わずに済む企業にとってもメリットがあり、さらには諸々の社会的コストを消費せずに済むことになるのです。
NPO法人タートルは、中途視覚障害者の就労支援に主導的に動いてくれるロービジョンケアを行う眼科医が増えることを期待し、連携と協力を深化させたいと願っています。
高橋 広(北九州市立総合療育センター眼科部長、日本ロービジョン学会理事)
日時:平成21年10月11日(日)12:30〜16:30
会場:福岡市立心身障がい福祉センター(あいあいセンター)
こんにちは。高橋です。今、甲斐さん、高野さんと藤田さんの3人の体験発表を聴いていて当時のことを思い出していました。私の講演の中で、この3人のお名前がでてきますがどうぞご了承ください。また、視覚障害をお持ちの皆様にスライドを使ってお話をすることをお許しください。詳細につきましては資料をご参照ください。
◇本当に、本当にホットな話
日本眼科学会は日本眼科医会や日本ロービジョン学会と共に、従来から診療報酬としてのロービジョン指導管理料およびロービジョン訓練を要求していますが、まだ実現しておりません。来年度の大改定では第1番目の要求として出されております。そして、日本眼科学会から日本ロービジョン学会田淵理事長に厚生労働省の担当者への説明をして欲しいと依頼があり、私が9月30日に行いました。説明時間は15分と聞いていましたが、実際は約1時間聴いていただきました。その時の内容は、今日の講演の主旨とほぼ同様と考えていただければよいと思います。
さて、本題に入りましょう。眼科を受診される患者さんたちは、眼の病気を診断して治して欲しい、見えるようにして欲しいのです。それゆえ、私たち眼科医にとっての関心も、クオリティ・オブ・ビジョン(視覚の質の向上)、つまり視力を上げるということに尽きます。薬や手術で、とにかく1.0に近づけたいのが眼科医の願いです。しかし、それは現実問題として叶わないことも多々あります。治療ができない病気は今なお多いのです。実は、昨日の日本臨床眼科学会でも再生医療についての質疑がありました。今、10歳か20歳の患者さんが、20年か30年後にはどうなるかというと、光を見ることができる程度というのが、現在の再生医学レベルのようです。しかし、50年、60年先となると、話は違うだろうと私も期待しています。このような現状では、工夫して何とか文字が見える方法、ロービジョンケアを患者さんがもっと積極的に受けるべきだとも報告されました。このように、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)が低下した時には、私たちが今眼科でやっているロービジョンケアが必要で、それによってQOLを向上させていくべきです。
◇ロービジョンケアとは
ロービジョンケアは視覚障害者のリハビリテーションですが、私は次のように定義をしています。皆さんが持っている視機能を最大限に活用し、QOL(生活の質、人生の質)の向上を目指すのがロービジョンケアです。世界保健機関(WHO)の国際障害分類(ICIDH1980)では、視覚障害を眼疾患、機能障害、能力障害、社会的ハンディキャップの4つに分けています[参照:資料の図1 視覚の国際障害分類(ICIDH 1980)とロービジョンケア]。眼科医は病気の診断、治療、そして機能障害までを行い、それ以降の能力障害と社会的ハンディキャップを教育や福祉の方々が担っています。実は、私がロービジョンケアを知った1990年半ば、この機能障害と能力障害との間の垣根が非常に高かったのです。その垣根を下ろして一緒にやろうではないかと、ここにおられる山田信也氏に引っ張られて、私はロービジョンケアの世界に入りました。
私たち眼科医は、患者の機能障害に着目して、その機能がどういう状況であるかを検査・評価し、そこからロービジョンケアに入ってゆくべきだと考えています。一方、能力障害では、患者さん自身が「できない」「できなくなった」「何とかしてほしい」との訴えがあって初めて教育や福祉のロービジョンケアが開始されます。しかし「何にもかもできない」と言う人もいれば、「できない」と言えない患者もいます。また、「できる」のに気力の問題で「できない」と言う人もいます。そして、眼科の患者さんたちは、自分が見えなくなってきて、情報を得ることもできませんし、動くこともできませんので、自宅に閉じこもりがちになります。場合によっては「うつ状態」、もっと悪化して「うつ病」になっている方々もいます。このような方々は決して更生施設とか盲学校には自分から行きたがりません。しかし、眼科を受診しますので、眼科からロービジョンケアを始め、そして上手に教育や福祉に繋いで、支援すべきだと私は考えています。つまり、機能障害者である患者の方々からロービジョンケアを行った方がはるかに早く生活支援が開始できると信じています。
◇従来の眼科リハビリテーションと最近のロービジョンケア
従来の眼科リハビリテーションの医学的リハビリテーションでは、医療が病名や失明の宣告、告知をしました[参照:資料の図3 従来の眼科リハビリテーションと最近のロービジョンケア]。その結果、患者さんは「どうしてこんなになってしまったんだろう・・・」「違う、もっともっと見えるはずなのに・・・」「どうしたらいいのかな・・・」というふうに、悩み、苦悩、否認します。このように障害を受容するためには長い時間が必要です。その中で、これではいけないと思った方々が、盲学校や福祉の門を叩きました。そして、教育的・社会的リハビリテーションを経て、職業リハビリテーションへという段階的なリハビリテーションをとっていました。しかし、最近のロービジョンケアでは、眼の状態を眼科医が診れば、すぐにロービジョンケアを開始します。これを私たちはプライマリロービジョンケアと名付けました。そして、日常生活の再評価などを行って、補助具の選定・訓練、情報提供、心理的な支援を、病院の中のスタッフすなわち眼科医、視能訓練士、看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカーなどと共に行います(基礎的なロービジョンケア)。このようにして、従来言われていた社会的リハビリテーション、教育的リハビリテーション、あるいは職業リハビリテーションである実践的ロービジョンケアに早く繋ぐことができます。患者がお子さんなら教育委員会や特別支援学校・学級などと連携し、就労の問題があれば、労働関係機関に医療から連絡をとると良いと考えています。甲斐さんの場合は地域の障害者職業センターが介入し、藤田さんの場合もソーシャルワーカーを介して障害者職業センターに連絡しました。また、高野さんの場合は産業医の役割が鍵を握っていました。一方、NPO法人タートルなどの支援団体はこれらの機関との接着剤としての働きがあるのではないでしょうか。
◇ロービジョンケアができる眼科施設
我国でロービジョンケアができる医療施設は少ないといわれますが、実際にどれぐらいあるでしょうか。その答えを出す前に、アメリカ眼科アカデミーのスマートサイトというものを紹介します。レベル1からレベル3に眼科医を区分けしています。レベル1は全ての眼科医がやるべきこととして、患者の中から支援の必要な視覚障害者を捜しだし、彼らに情報を提供します。これは私の「プライマリロービジョンケア」に当たり、全ての眼科医、日本では1万3千人の眼科医です。レベル2はロービジョンケアができる眼科医で、視機能を評価し、簡単なルーペの処方、遮光眼鏡の処方ができる眼科医、つまり私の「基礎的ロービジョンケア」をできる施設です。日本眼科医会、日本ロービジョン学会や視覚障害リソースネットのホームページから約150カ所の医療施設と推測できます。そして、レベル3は包括的なリハビリテーション(私の「実践的ロービジョンケア」)ができるロービジョンケア専門眼科医のことで、教育、福祉や労働機関と共に支援できる眼科医で、これは約20施設ぐらいではないかと考えています。更に究極のロービジョンケアである就労に関するロービジョンケアのできるところは、数カ所で極度に足りません。
◇ロービジョンケアに対する眼科医の考え
ロービジョンケアについて眼科医はどのように考えているのでしょうか。北海道眼科医会のアンケート調査で、眼科医の考えが見えてきます。全道の245施設の55%にあたる135施設から回答がありました。その医療施設の内訳は、1人開業が84、複数の眼科医がいる診療所または病院が28、公的病院が23でした。そのうち実際にロービジョンケアを行っている医療機関は13カ所(約10%)、行っていないところが122カ所です。では、なぜロービジョンケアをやらないかの質問に対して、必要を感じないが5、眼科医がケアの中心にいる必要がないが1でした。必要だと思うが行っていない理由として、具体的知識がないが71、時間がないが71、保険による報酬がないが29、他の施設に任せているが23、ケアの対象となる患者が来ないが3、人員の問題が1でした。もし将来診療報酬が適用された場合、その時はロービジョンケアをやりますかという問に対しては、その時はロービジョンケアを考えるというのが49、考えないというのが59、わからないが13でした。では、なかなかできないのはなぜかの自由記述では、次のような意見がありました。各眼科で取り組むよりもセンター的な病院で集約的にやった方がいいのではないか。あるいは、体制的にスタッフや時間が足りない。1人の開業医ではできない。十分な診療報酬がない。これはそのものズバリですね。スタッフが1人専任になってしまう。手がかかる。視能訓練士がそれにかかると金にならない。初期ケアしかできず、専門的な病院にお願いする分業がよい。毎日目の前にいる患者さんの対応で精一杯で、余裕がない。自分で分かる範囲でやっており、詳しい知識がない。医師・スタッフの養成の必要を感じている。症例が少なく、100人のうち1人か2人しかいない。医師やスタッフの経費のわりには目立った効果がない。視力が0.1だったのが白内障の手術をすると1.0になり、「先生ありがとうございます」と言われる方がよっぽど良いとの意見がありました。しかし、この意見に私は異議があります。ロービジョンケアをしている私にも嬉しいことがいっぱいあります。8歳頃から係わっている網膜色素変性症の女のお子さんは、大学のセンター試験で英文科に入り、学校の先生を目指して頑張っていますし、大学を卒業して就職した男性や藤田さん、甲斐さんや高野さんらもいます。そういう患者さんの笑顔に励まされて私は頑張っています。患者さんの喜ぶ姿を見て、私たちも喜びを感じています。
この調査から、ロービジョンケアを眼科医が積極的に行っていないのは、診療報酬だけの問題ではなく、各眼科医療機関が置かれている医療環境も大きいように私は感じました。また、研修会体制の充実を計り、知識も磨かなければなりません。
◇柳川リハビリテーション病院と北九州市立総合療育センターでのロービジョンケアの現状
柳川リハビリテーション病院に視覚障害者のための眼科を2000年1月に開設しました。そこでの8年6カ月の間に4327名の初診患者中836名(20%)の方を対象にロービジョンケアを行いました。一番多いのは、やはり網膜色素変性症で238名、その次は緑内障です。柳川リハビリテーション病院は半盲や半側失認のよう脳神経疾患の方々が59名、視神経萎縮が57名、網脈絡膜萎縮が57名、中枢性視覚障害(皮質盲)は子どもさんが主で33名でした。糖尿病性網膜症が32名、加齢黄斑変性症が21名と少なく、これらは治療が必要な疾患で、柳川リハ病院眼科には多くが通院されていません。また、眼と耳の両方が不自由な盲ろうの方々が66名と多数でした。
一方、2008年7月から勤務している北九州市立総合療育センター眼科では、子どもの患者さんに関しては、受診には制限がありませんので、一般の眼科診療を行っていると考えてください。2009年6月までの1年間に18歳未満の小児初診患者312名の内71名(23%)にロービジョンケアを行いました。71名のうち、視機能評価を求めたものは44名(柳川リハ病院からの紹介は1名)、ロービジョンケアを求めたものは27名(柳川リハ病院から紹介21名を含む)でした。2005年、2006年、2007年にロービジョンケアを求め来院し、実施した者は各々10名、14名、4名のみでしたが、私が着任してからロービジョンケア対象者は71名と激増しました。これは、視機能評価を求めた患児にロービジョンケアが必要であったためです。おそらく、成人や高齢者の患者さんが通院されている眼科にもこのようにロービジョンケアの対象者となる方々が多いと容易に推測できます。
したがって、眼科医療では、目の前にいる患者さんが生活者であることをもう一度認識して、全ての患者さんがロービジョンケアの対象者になり得ると考えるべきです。
◇私が行っているロービジョンケアの実際
眼科医が行うプライマリロービジョンケアでは、とにかく私は話をよく聴かなければいけないと思っています。そして、治るか治らないかについても、患者さんは聞きたがります。また、遺伝的な家系図をきちんと作ることも大切ですが、同時に、日常生活での不自由さを評価することも大切です。そして、私たちは、眼科データから患者さんの見え方を理解し、当事者や保護者に見え方を教えてあげるべきです。患者さん自身は自分の見え方を理解していません。先ず眼科医がこういうふうに見えているということを知らせます。それを復唱させて、自分で説明できるよう理解させていきます。それを当事者が身近な家族にまず説明します。家族がその説明で分かれば、当事者自身が理解できています。次の段階は、友達に説明していきます。そして、最後に会社の人に説明します。そうすることで周囲の理解が進んでいきます。しかし、眼の状態は変わりますので、その都度眼科医は説明しなければなりませんが、視能訓練士も同様に行えます。また、ルーペ(拡大鏡)の処方と使い方、歩行の介助法や生活を支える制度を提供し、日常生活訓練を視能訓練士や日常生活指導員(歩行訓練士)が行っています。身体障害者手帳や年金の申請書は眼科医が書きますので、眼科医はそれらの制度について学んでおく必要があります。
例えば、網膜色素変性症の患者が、既に仕事を辞めて来られました。「なぜ辞めたの。惜しいよ。」と話をしたことを覚えています。患者さんが検査をしている間に、奥様にシミュレーションゴーグルをして文字を読んだり移動をしたりして視野狭窄の擬似体験をしていただき、いかに難しいかを家族に知ってもらうことから初めております。そして、ルーペを用いて、実際見えることを教えます。全ての眼科医は+20Dあるいは+14Dのルーペを持っており、これが実はものすごく素晴らしいルーペです。また、視覚障害者の患者さんが来院する時には、非常に危険な状態の歩き方で来る方が多いので、介助歩行の仕方を教えます。我々眼科医が介助歩行を教えることはものすごく効果的ですが、私が忙しい場合には、看護師や視能訓練士の人たちがやっています。そして、将来に希望があることを話します。学校や仕事が可能だということ、そして、生き甲斐を見つけていきましょうと話します。
また、網膜剥離の患者さんの例で、10回以上の手術をやって、仕事ができるはずの視機能を持っておられましたが、どうしても復帰への決心ができなく、ぐずぐずして休職期限も迫っていました。その方に東京の病院ではじめて会った日に、私はパソコンはこのようにすれば使える、文字はこうすれば見え、そして、遮光眼鏡をかければこんなに見易くなることを具体的に実感していただきました。そして、タイポスコープを目の前に出しました。すると、ひょっとしたら仕事ができるのではないかと顔が豹変しました。このような工夫をすれば仕事ができるのではないかと彼は感じられたようです。私の役割はここまでで、あとは視能訓練士の方々にお願いしました。会社までの安全な通勤手段の確保をタートルから歩行訓練士にお願いし、彼はあっという間に復職してしまいました。そして今、彼は以前からの希望で新しい職場に転職しました。彼にはそれだけの能力があり、ヘッドハンティングされたのです。
視覚障害者となられた方の障害受容に向けて、私はできなくなったことを一つひとつできるようにしていき、自信の回復を図ります。この時、大きなことを最初から目的にしてはいけません。些細な日常生活動作の一つひとつを目標として始めます。そして、それらが実際に一つひとつできるようになっていくことが大切で、自信の回復になっていきます。その際に注意すべきことは、何かができるようになることではなくて、何をしたいかを一緒に見つけていくという姿勢です。そのためにも、どのような具体的な支援があるかを私たちは考えます。視覚的な補助具にはどういうものがあるか。支援制度にはどういうものがあるか。分からなくなったら、年金のことであれば下関のタートルの荒木さんに、仕事のことであれば東京のタートルの事務局にというふうに、患者さんの眼の前で電話をしまくります。そして、その場で患者さんと繋いでしまいます。そして、自分の意思でもう一度きちんとその方に連絡するようにお願いします。そうすることでインフォームドコンセントはとれています。このようにして、視覚障害者として生きていける、働いていけるということを実感していただけるように私はロービジョンケアを行います。
◇職場復帰のために必要なこと
今、ロービジョンケアを導入してNPO法人タートルをはじめとする関係機関と連携をすると、仕事の継続が可能となりました。支援団体・機関と連携した方では、6割がその後も仕事ができています。連携しなかった方には、無職となった方が増え、在職の方が減りました[参照:資料の図7 連携の有無と就労状況]。
職場復帰した11事例の中には、ロービジョンケア開始後、最短3カ月で職場復帰した人もいましたが、3年以上かかった人もいました。しかし、彼らには、復帰までの強い意思があったことが共通しています。復帰までの期間の差は、障害程度以外に、職場環境、特に必要なコンピュータ技術の差に左右されます。会社に必要なものはそれぞれの職場によって違いますが、各個人のパソコン力もそれぞれによって違います。このため会社と連携を密にとり、必要な力を得るため職業訓練を受けた事例もあります。とにかく、会社に対して、訓練の進捗状況を細かく報告し、会社の理解を得ながらやることです。
また、障害者職業センターを通した職場見学も会社の考え方に大きく影響を与えます。
藤田氏の例では、彼の直属の上司が東京の2つの会社で、視覚障害者が実際に働いている現場を見学しました。その上司が、これなら何とかなると思ったのが実に大きかったようです。その気持ちが九州支店を通じて本社社長まで届き、トップダウンの支援体制ができました。社長さんをはじめとする会社の皆さんが彼の訓練を見学し、励ましてくださって、「彼なら大丈夫」と強く感じられたのでした。そして、関西支店のイントラネットを解放していただき、そこで日本ライトハウスの津田諭先生から実地訓練を受けました。この訓練経験がスムーズに職場復帰し、業務遂行ができた所以です。藤田さんは、このような訓練状況を報告する手紙を毎月会社に書きました。このような社会人としての常識が必要です。そうすることで心のある人は感じて支援してくださいます。このように感じてくださる人を一人ひとり増やしていくことが大切です。
そして、必要なら白杖を使う訓練を受けなければなりません。無論、盲導犬と共にでもよいのですが、自分一人で安全な通勤ができなければなりません。藤田さんが職場復帰する1か月前に、再び障害者職業センターを通して、福岡視力障害センターに安全な通勤ルートの確保をお願いしました。このようなアフターケアも是非必要です。
そして、現場でのジョブコーチが必要です。甲斐さんや高野さんはすごく困って、日本ライトハウスの津田先生にお願いされたようです。また、藤田さんには関西支店の訓練期間が、高野さんにはリワーク研修制度が職場の不安を解消する時間となり、会社側の対応も整えることができましたが、甲斐さんの場合は突然の職場復帰であったため、準備期間がありませんでした。そのため、自分のできる仕事を見つけるのに半年以上かかりました。視覚障害をもつ方が働くためには、どうしても時間がかかりますので、それをサポートする支援者、ジョブコーチが必要です。
以上をまとめると、視覚障害者が職場復帰するためには、@職場復帰への強い意思と努力 A職場の不安の解消 B業務遂行能力(文字処理能力) C安全な移動技術 D職場環境の改善(コミュニケーション技術、ジョブコーチ)が必要です。また、障害者の能力を開発できる指導員の育成と訓練施設も必要です。そのためには、障害者能力開発校での訓練や委託訓練の拡充も必要です。福岡障害者能力開発校では2010年4月から重度視覚障害者を受け入れますが、これは画期的なことです。そして、職場定着のためには視覚障害者に対応できるジョブコーチとしての役割も是非果たしていただきたいと思います。福岡障害者能力開発校の先生方、よろしくお願いします。
こうして、視覚障害者が明るく同僚と働き続けることが、新たな雇用の創出につながると考えています。最近、良い、すばらしい事例がありました。ある県職員に視覚障害者が障害者枠で任用されました。障害者枠の試験に合格したのは5名で、視覚障害は彼だけでしたが、他の障害者は任用されず、彼だけが県庁で働くことになりました。後日、判明したのですが、彼の職場にはすでに網膜色素変性症の患者さんが一般採用で働いておられ、視覚障害があっても十分に働けることを実証されていたようです。おそらくこの先輩の姿を見て、視覚障害者であっても工夫さえすれば何らかわらず働けることを理解していただいたのだと考えます。新たな職場や職種を捜すのは難しいとすれば、今働いている視覚障害者の雇用の継続から、新規採用のヒントが得られると私は考えています。そのためには、視覚障害者の皆さんが働いている姿を見ることです。もう、藤田さんのように職場見学のため東京に行く必要はありません。九州で視覚障害者が働いている現場を見たいならいつでも藤田さんに連絡をとってください。彼の職場を見学できます。また、学校で勉学に励んでいる視覚障害をもつ子どもたちのために、「自分は視覚障害をもっているが、皆と一緒に働いている」と声を出してください。言い過ぎかもしれませんが、皆さんの義務のようにも思えます。
◇まとめにかえて
明日の臨床眼科学会でも講演しますが、日本眼科医会の調査報告書によれば、視覚障害者は164万人、失明者といわれる0.1以下の方が18.8万人。ロービジョンケア対象の0.5以下の方が145万人と最近言われています。では、実際問題として、どれだけのお金がかかっているかと言いますと、8兆7,854億円です。これが視覚障害者全体にかかっているお金だとされています。そのうち、ロービジョンケアをやって、どれだけ減るかを示せれば、診療報酬化の可能性が高まります。したがって、今後は、ロービジョンケアの経済的効果を出していく必要があり、日本眼科学会、日本眼科医会や日本ロービジョン学会は行っていきます。
ロービジョンケアの診療報酬化に関して、本日と同じ話を厚生労働省でしてきましたが、担当の課長補佐、主査の方は非常によく話を聴いてくれました。ここで言いたいのは、患者さんの役割として、自分たちはロービジョンケアが欲しいということを声高らかに言って欲しいということです。その力があれば、その力を10月15日までに出していただければ、ひょっとしたら、来年の4月から可能になっていきます。そのためには、あなた方、当事者の皆さんが黙っていてはいけないのです。私たちは十分に話しました。へとへとになるまで話しました。今度はあなた方の声を出していただくことが非常に大切です。タートルや日盲連、雇用連、患者会など、いろんなところにお願いしています。このような声が新政権の厚生労働大臣のところに届けば、実現します。そうすれば、ロービジョンケアを行う眼科医は少しずつ増えていくでしょう。そして、皆さんの喜ぶ笑顔を見れば、もっともっとそういう眼科医は増えていくでしょう。
これで、本当に、本当にホットな話を終わりますが、眼科におけるロービジョンケアが実現可能な時期に来ていると私は実感しております。ご静聴ありがとうございました。
追記:日本眼科学会が厚生労働省に提出した次期改定の第1位は「ロービジョン指導管理料およびロービジョン訓練」で、2009年11月19日の中央社会保険医療協議会診療報酬調査専門組織・医療技術評価分科会の一次評価では731件中二次評価すべきもの344件の中に入りました。しかし、2010年1月19日の二次評価72件では選からもれ、2010年度の診療報酬化は見送られます。誠に残念でなりませんが、まだまだロービジョンケアは眼科医療者でも知らない方が多く、まして他の分野の方々がロービジョンケアの本質が何であるかを知っているとは到底考えられず、今回の結果になってしまったのだと考えます。本当に無念ですが、我々は前に進むしかありません。
これからももっともっと一人ひとりを支えていくロービジョンケアを実践していくことが大切で、多くの眼科医や福祉・教育・行政・労働関係者らが連携を強め、当事者・家族や支援者と共に、ロービジョンケアが社会的に認知されていくために手をとりあっていきましょう。そうすることが社会の認知度を高め、ロービジョンケアの診療報酬化の近道だと信じています。
ロービジョンケアと就労
日本ロービジョン学会 理事 高橋 広
はじめに
日本ロービジョン学会では、盲を含む視覚障害者に対する心理的援助、訓練や支援などを行う医療・教育・福祉ならびに労働などの包括的なケアをロービジョンケアと考えており、本稿で述べられるロービジョンケアの対象者には視覚を用いて日常生活ができない方々をも含んでいる。
さて、このロービジョンケアという言葉は、著者が視覚障害者の支援を始めた1994年ごろは、眼科医療者や視覚障害者である患者には聞きなれないものであった。しかし、15年経った今でも、ロービジョンケアを知らない方々がいるのも事実であり、我々はさらなる啓発に努めなければならない。一方、今回の調査対象になった藤田例のごとく、我々、眼科医療がロービジョンケアした視覚障害者の中には、就労や雇用継続できた方々も数多く、その経験から職場復帰の条件として5つを挙げることができる。
@本人の職場復帰への強い意思と努力
A職場の不安の解消
B業務遂行能力(文字処理能力)
C安全な移動技術
D職場環境の改善(コミュニケーション技術、ジョブコーチ)
これらの条件を満たすためにも、早期に適切なロービジョンケアを行い、障害受容を図り、職業リハビリテーションに積極的につないでいく必要があるので、医療の立場から幾つかの提言を行いたい。
提言T.ロービジョンケアを眼科医療に拡める
1)ロービジョンケアとは
眼科医療に患者が求めるのは、「見る」ことが「できる目」にすることである。しかし、現在の進歩した眼科学であっても今なお治すことのできない眼疾患は数多い。そのため、再生医学のさらなる発展やロービジョンケアの普及が必要である。このロービジョンケアは視覚障害者に対するリハビリテーションで、彼らが保有する視機能を最大限に活用してQOLの向上をめざすケアをロービジョンケアとも定義できる。
国際保健機関(WHO)は、1980年に視覚障害を眼疾患、視機能障害、視覚的能力障害、視覚的社会的不利の4つに分けている。眼疾患から機能障害までを医療が担い、それ以後の能力障害や社会的不利に対する訓練やケアは教育や福祉が担当していた(図1)。しかし、医療と教育・福祉の間の垣根は非常に高く、お互いに情報はほとんど交換していなかった。この垣根を低くし、互いに風通しのよい状態にし、皆で一緒に視覚障害者について頑張るのがロービジョンケアである。現在あるロービジョンクリニックの多くでは、機能障害と能力障害に対し支援する狭義のロービジョンケアを行っている。しかし、患者や視覚障害者の多くは、眼疾患の治療から社会的不利までの広義のロービジョンケアを求めている。つまり「生活を支援するロービジョンケア」を求めている。したがって、その窓口である眼科医の役割は非常に大きく、重要である。そして、視能訓練士や看護師などのコメディカルとともに生活支援の立場からロービジョンケアを展開させていくことが大切である。
★ 図1 視覚の国際障害分類(ICIDH 1980)とロービジョンケア
そして2001年にWHOは障害者の視点から、国際障害者分類を国際生活機能分類(国際障害分類改訂版 ICF 2001)に改訂した(図2)。すなわち、疾患を障害者の「健康状態」とし、機能障害を障害者の「心身機能・身体構造」、能力障害を障害者の「活動」とし、さらに活動を「できる活動(能力)」と「している活動(実行状況)」に分けている。そして、社会的不利を障害者が「参加」できるかなどとし、障害者からみたものに改めた。
★ 図2 国際生活機能分類(ICF2001:国際障害分類改訂版)
QOLのライフには「生命」、「生活」、「人生」の3つの意味があり、心身機能・身体構造は「生命レベル」、活動は「生活レベル」、参加は「人生レベル」に各々対応している。
2)ロービジョンケアの対象者
視覚障害は盲とロービジョン(低視覚、従来は弱視と言う)に分かれ、我国では盲は一般に全くの見えない状態(眼科的失明)を意味し、厚生労働省の失明の定義でも指数弁以下とした。一方、WHO(良いほうの眼の矯正視力が0.05未満もしくはこれに相当する視野障害10度以内が盲)や米国(矯正視力0.1以下が盲)では、盲は「社会的失明」を指し、我国の身体障害者福祉法の1級および2級に相当する。このように欧米では盲を含むロービジョン者を対象として施策が講じられてきたが、我国では眼科的失明を主に視覚障害者対策が考えられてきた。この違いが現在直面している視覚障害者への生活支援や雇用・就労問題でも大きく影響している。我国の視覚障害児・者の9割が何らかの視機能を有する者(ロービジョン者)で、かつ中途障害者が多ければ、彼らが保有する視機能を最大限に活用してQOLの向上をめざすことに力を注ぐべきである。
3)従来の眼科リハビリテーションと最近のロービジョンケア
従来の我国における視覚リハビリテーションで眼科が果たす役割は、病名や失明の宣告・告知と盲学校や更生施設に直列的につなげることのみであった(図3)。
しかし、このシステムでは、患者である視覚障害者は医療から単に見放されたとしか受取れない患者も多く、悩み、苦しみ、果てはうつ状態となり、心療内科や精神科の治療を受けているものもいる。したがって、日常生活訓練を求め、盲学校や福祉の戸を叩くものは少なかった。これではいけないと最近の眼科医療では、眼を診て失明が予想できたり、視覚的困難の訴えがあったなら、たとえ治療中であってもロービジョンケア(訓練)を開始している。そこでは患者や視覚障害者の苦しみや悩みを感じる心が最も重要で、したがって我々、医療人がまず自らの感性を磨くことに努めなければならない。患者や視覚障害者の方々の声を真摯に受け止め、また擬似体験などが感性を磨くことに大いに役立つ。診断・治療を受けた後にどのように生活すればよいか、どのように勉強すればよいのか、どのように仕事をすればよいかを患者や視覚障害者は求めている。これに答えるのがロービジョンケアである。そのためには他科の医師やリハスタッフなど医療内の連携は当然のことで、医療と福祉などを並列に考える患者指導の医療を展開すべきである。
★ 図3 従来の眼科リハビリテーションと最近のロービジョンケア
従来の眼科リハビリテーションより眼科医療から始まるロービジョンケアの方が、早期に教育・労働関係機関とも連携でき、実践的ロービジョンケアにつながり、より適切な生活支援を行える。
しかし、ロービジョンケアを行う眼科が増えていない。それは、診療報酬にロービジョンケアが入っていないのも大きな理由の一つであるが、当事者のロービジョンケアを求める声が大きくなっておらず、眼科医に届いていないのも事実である。
一方、日本眼科学会は日本学術会議の感覚器分科会で「感覚器医学ロードマップ(改定第二版)感覚器障害の克服と支援を目指す10年間」を定め、ロービジョンケアの重要性が述べられており、一般の眼科医はロービジョンケアへの導入を行い、さらなるロービジョンケアを専門とする病院や施設に送ることができるようなシステム作りを目指すとしている。このように全ての眼科医がロービジョンケア、とくに就労問題を扱えるものではないが、少なくともロービジョンケアの導入は眼科医療にとって可及的な課題であると考えられている。
提言U.就労問題をもつ視覚障害者へのロービジョンケアの充実を図る
1)就労のためのロービジョンケアとは
視覚障害者の就労問題は、多くの場合、雇用の継続が危機に瀕しなければ具体化しない。つまり、仕事が非常にむずかしくなってしまってから顕著化してしまう。したがって、雇用主側から雇用継続の可否に関して提起がなされてしまうこともある。そうした場合、当事者である視覚障害者は心の準備ができておらず、無論具体的な仕事での問題点に対する解決方法などは知らないので、戸惑いも大きく、悩みも深い。とくに、突然の事故や病気のため失明状態に陥った患者は、あまりにも心は打ち引き裂かれており、到底すぐには福祉には行けない状況であれば、彼らの悩みや苦しみをまず聴くことから始めるべきである。この「心のケア」のロービジョンケアが重要である。うつ状態になるのは当たり前のことであり、それが身体症状にでる前、手を差し伸ばすことが肝要である。しかし、不幸にもうつ状態が悪化して、心療内科や精神科に受診している場合もあり、このような医療スタッフとも連携することが重要である。
就労のためのロービジョンケアを行うことのできる眼科は限られており、多くの眼科では就労相談をするのはむずかしいので、相談可能なところに紹介すべきである。また、その眼科でもどうしても医学的アドバイスに偏ってしまうのは当然で、視覚障害者の実生活での支援、福祉的なアドバイスや情報の提供は十分にできない。このため多くの職種のものとの連携が重要で、一つひとつ具体的な支障、つまり「できない」日常生活動作を一つひとつ「できる」ようにしながら、「心のケア」をすることが大切である(図4)。また、「心のケア」をしながら「できる」ことを増やすこともできる。この「できた」との実感が大切である。そして、実生活で「している」ことを評価して、まだ不十分なら再度訓練するよう連携をとることが大切である。こうして視覚障害者の方々が生活や就労の将来像をぼんやりとでもイメージできれば、自信が回復して行き、失明や障害の受容につながっていく。また、他の視覚障害者から直に話を聞くことが多いに役立つ。こうした連携なくして、障害の受容やQOLの向上は難しいと思う。無論、家族への「心のケア」や連携も忘れてはならない。しかし、連携はともすると情報を交換するだけの情報連携に陥りやすく、QOLの向上という共通のゴールさえ見失うことがある。障害者にとって、むろん大きな失敗はこたえるが、実は日常の些細なことができなくなるのは、もっと大きなショックとなり、自信の喪失となって行く。したがって、具体的に生活の一つひとつを支援する「行動連携」に発展させていく必要がある。そのためには、多くの職種間で、視覚障害者のQOLの向上という共通のゴールに向かって進む有機的なチームアプローチをとるべきである。
★ 図4 視覚障害者の活動向上訓練の原則
図2のごとく、国際生活機能分類(ICF)の活動を「できる活動(訓練・評価の能力)」と「している活動(実生活での実行状況)に分けている。訓練士や特別支援学校(盲学校)はロービジョンケアとして患者や視覚障害者の「できる活動」を増やし、「している活動」につないでいく必要がある。一方、看護師・介護士、通常の学校教員、福祉職や家族は病院・学校生活の中で会話や行動から「している活動」を観察・評価し、「できる活動」を増すよう連携すべきである。そして、係る全ての者が目標に向かって「する活動」に展開していくよう努力する。
2)就労のためのロービジョン訓練と労働関連機関への連絡
視覚障害者が仕事をするためには、自在に文字を処理できることと安全な移動は必須であるので、我々はその基本的な技術である「目の使い方」をまず教えている。彼らはもう自分では文字などを見ることがむずかしいと思っていることが多い。そのため、改造眼底カメラを用い、見えることを自覚するところから始めている。見える網膜(視野)を自分の意思で自在に動かすことで、読み書きが可能になることを話し、そのためには固視やeye movement訓練が必要である。この訓練を遂行するための意欲を掻き立てる動機づけと職場復帰が可能であろうとの予感が患者になくして訓練は成り立たたない。この復帰可能であるとの予感・実感が確信となって、患者の復職への確固たる意思となり、障害受容への大きな推進力となっていく。そして、ほぼ同じ時期に、仕事をするためにも日常生活訓練、とくに文字処理と移動技術が必要であることを伝え、更生施設などに紹介している。このように眼科医の責務は大きく、日常生活訓練への導入を図るロービジョンケアは医療から成すべきだとの理解は近年飛躍的に進んだが、職業リハビリテーションは日常生活訓練が終了してからという段階的リハビリテーションの考えが根強い。しかし、日常生活訓練が完了してからでは、多くの場合、視覚障害者は失職してしまう。それゆえ、我々は医療から労働への橋渡しを早期に積極的に行うべきである。このような現実を踏まえ、眼科医療において早期に既述のロービジョンケアを開始し訓練を行っている最中、すなわち患者である視覚障害者が辞めないうちに、早期にメディカルソーシャルワーカーを通して、労働関係機関である障害者職業センターや公共職業安定所(ハローワーク)などにパソコン訓練など職業能力的な相談をしている。とりわけ原職復帰など継続雇用については障害者職業センターを活用すべきである。レーベル病者や既述の全盲者が復帰した例などでは、障害者職業センターと連携し、職業リハビリテーションに積極的につないでいった。また、障害者職業センターから紹介され雇用主側は視覚障害者が働いている現場を見学したことで、視覚障害者であっても仕事ができるとの実感を得、それが会社の原職復帰の大きな転機となった。このように、眼科医療が早期に労働関係機関との連携を開始する必要があり、医療機関、訓練施設などとの連携の下に、職場の不安感や負担感を取り除き、多くの関係者の努力があってはじめて復帰は実現していくのである。そして、職場の上司へ毎月の現況を報告し、職場復帰の意思を伝えるなど連絡を密にしておくことは社会人としての義務であると思う。そうすることで、当事者のみならず、職場上司も職場復帰した時に生じる問題を事前に予想もでき、視覚障害の擬似体験ができればなお対策も立てやすい。このように会社が前向きに検討を開始すると、彼自身が障害をさらに理解でき、その受容は加速度的に進むと確信し、働く視覚障害者の方々にこれらを忠告する。そして、職場での支援者である産業医とも連携をとっていくべきだ。
提言V.患者団体・支援団体や機関との緊密な連携を図る
眼科医療側の対応のみで視覚障害者の雇用の継続は困難であり、就労を支援する団体または機関との連携をすることが必要であると考えている。日本網膜色素変性症協会、盲ろう友の会や全国視覚障害教師の会やNPO法人タートルなど患者団体・支援者団体や機関との連携をとることで就労や雇用の継続ができた例は多い。とくに、障害受容に至っていない視覚障害者の悩みは大きく、眼科におけるロービジョン訓練やケアに加え、我々はNPOタートルに連絡をとり、相談し助言をもらっている。そして場合によっては患者の目の前で電話し、直接患者とタートルをつないでいる。このような連携効果を図5、6、7、8に示した。
★ 図5 就労支援への連携
柳川リハビリテーション病院でのロービジョンケアは初診患者3676例中723例(20%)に行った。18歳から64歳は377例(57%)を占め、そのうち、就労や雇用で問題が生じていた141例(37%)を対象とした。
★ 図6 就労支援への連携先
★ 図7 連携の有無と就労状況
連携した89例では在職者は約6割と変わらなかったが、連携のない52例では在職者は71%が62%に低下した。
★ 図8 NPO法人タートルおよび他との連携
連携した89例中障害受容に至っていない42例ではNPO法人タートルと連携し、47例は具体的支援が明らかであったので、他との団体・機関のみと連携した。NPO法人タートルとの連携者は6割強が在職であったが、他との連携郡は無職(訓練中も含む)となった者が増加した。
提言W.制度を活用できるように眼科医が診断書や意見書の記載を積極的に行う
眼科医が果たさなければならないもう一つの役割は、生活や就労・雇用を支援するための制度を患者に紹介し、それを活用するための診断書や意見書を書くことである。
視覚障害が進めば進むほど、仕事が困難になり、より高度な職業リハビリテーションが必要となっていく。そのためには、眼科医療と福祉や支援団体・機関と連携し、職業リハビリテーションのための十分な時間を確保する必要がある。このため眼科医に職業リハビリテーションのための休職等の診断書を書くことが求められる。しかし、病状が固定したり、治癒できない網膜色素変性症や遺伝性視神経症などの眼疾患では、病気療養とはならず、網膜色素変性症患者で病気療養とする診断書を書くことは拒否された例があった。一方、リハビリテーション医学では「働くことができる身体に戻す」ことが「療養」であると考えられ、著者などの眼科医は「病気療養(視覚リハビリテーションを含む)が必要」との診断書を書いた。そして、視覚障害者自身の熱い思いや行動が功を奏し、2007年1月29日に人事院から治療できない網膜色素変性症などでも「療養」または「研修」(それらの併用可)によるリハビリテーションを可能とする「障害を有する職員が受けるリハビリテーションについて」という通知が出された。このように国家公務員および地方公務員には職場復帰にはどうしても必要な安全に通勤するための歩行能力の確保や職務遂行に必要な文字処理能力の向上などのリハビリテーションが認められた。なお、本通知の対象者は公務員に限定されているが、本通知の趣旨が民間企業等の就業規則に波及することが期待されている。
しかし、診断書の記載表現によっては、復職を困難にすることもあるので注意が必要である。補助具の活用など一定の視覚的配慮があれば、復職も可能であることを明記する必要がある。「見えないこと」=「仕事ができないこと」ではないことを認識し、目的にかなった表現にすることが肝要である。
そして、復職直前にも再度診断書が必要となる。たとえば、錐体ジストロフィの教師患者には、職場復帰可能との診断書と以下の意見書を渡した。『目の訓練をしたことで、文字が消失することがなくなり、行替えも楽に行うことができるようになり、読み速度が以下のごとく格段に向上した。初回訓練時には、1分間に教科書223文字、新聞160文字を読んだが、1年後は1分間に教科書350文字、新聞273文字を読むことができた。また、サングラスや拡大読書器を使うことで、テストの採点が可能となった。さらに音声パソコンを使うことで、書くことも楽になったと思われる。以上のように、本人が仕事をあきらめていた理由が視覚リハビリテーションによって解決できたと思われる。』と結んだ。
提言X.就労に必要なスキルアップと就労定着のためのジョブコーチの拡充
職場によって必要なパソコン技能は格差があり、それに対応していかなければならない。しかも、グループウェアや企業独自のシステムへの対応にはJAWSなどを用いる必要があり、それを教えることができる訓練施設は、国立職業リハビリテーションセンター、日本盲人職能開発センター、視覚障害者就労生涯学習支援センター、神奈川障害者職業能力開発校、日本ライトハウス視覚障害リハビリテーションセンター、大阪障害者職業能力開発校、国立吉備高原職業リハビリテーションセンターや福岡障害者職業能力開発校など全国でも数か所に留まっており、これらの増加が強く望まれている。また、復帰してから生じている現場での諸問題、とくにパソコン環境に関しては、その場での解決が必要であるとともに、キャリアアップを図るための向上訓練が必要である。地元でのサポート体制の整備、とくに視覚障害者へのジョブコーチの充実とともに在職者の職業訓練体制の整備が今日的な課題になってきた。
おわりに
2007年4月17日厚生労働省から各労働局に対し、「視覚障害者に対する的確な雇用支援の実施について」との通知が出された。求職視覚障害者の就職支援と在職視覚障害者の継続雇用支援を積極的にハローワークが行うとするもので、この内容を日本眼科学会や日本眼科医会に伝え、協力を依頼している。
このように、官も変わりつつある今、我々眼科医療スタッフは早期に適切なロービジョンケアを始め、障害受容を図り、視覚障害者の就労や継続雇用は医療の対応のみでは困難な場合が多く、就労支援団体・機関と積極的に連携をとり、視覚障害をもつ方々の就労や雇用継続に努めなければならない。そのために必要な5つの提言を行ったが、このような包括的なロービジョンケアが広く行われることを切に望む。
校を終えるに際し、ロービジョンケアを行っている眼科は、日本眼科医会ホームページ(http://www.gankaikai.or.jp)、日本ロービジョン学会ホームページ(http://www.jslrr.org)や視覚障害リソース・ネットワークのホームページ(http://cis.twcu.ac.jp/~k-oda/VIRN)などから検索できることを紹介する。
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本資料は、厚生労働省の「平成20年度障害者保健福祉推進事業(障害者自立支援調査研究プロジェクト)」でNPO法人タートルがだした「視覚障害者の就労基盤となる事務処理技術及び医療・福祉・就労機関の連携による相談支援の在り方に関する研究報告書」の『医療の立場からの提言』を改編したものである。