二見裁判調停の主文
平成11年(メ)第11号(平成9年(ワ)第1459号 地位確認等請求事件)
決定
大阪府堺市百舌鳥赤畑町4丁288番16号
原告 二見徳雄
右訴訟代理人弁護士 山名邦彦、松本晶行、井上直行、蒲田豊彦、岩城穣、神谷誠人、竹下義樹
大阪市北区中之島3丁目3番22号
被告 関西電力株式会社
右代表者代表取締役 秋山喜久
右訴訟代理人弁護士 山田忠史、尾崎雅俊
主文
- 一 原告は、平成8年12月1日付けで、被告を合意退職する。
- 二 被告は、原告に対し、退職金、特例給付金、及び共済預り金の支払い義務があることを認め、これを本決定確定後速やかに、原告方に持参又は送金して支払う。
- 三 被告は、平成12年6月1日付けで、原告を雇用する。
- 四 雇用条件は次のとおりとする。その他は、被告の就業規則による。
- (一)業務内容
- (1)机上設計業務
- (2)OAオペレーター、その他被告が指示する業務
- (二)勤務場所 野江電力所
- (三)賃金
初年度を除き、年間500万円を下らない額とする。
なお、被告は平成13年4月1日をもって、原告に対する格付けを行う。
また、被告は、原告の能力を正当に評価して、能力に応じた昇給を行う。
- 五 被告は、原告に対し、解決金として 支払義務があることを認め、これを本決定確定後1箇月以内に、原告方に持参又は送金して支払う。
- 六 被告が供託した供託金(平成8年度金第2752号)については、被告において取り戻すものとする。
- 七 原告はその余の請求を放棄する。
- 八 原告と被告は、原告に対する平成8年12月1日付け解雇に関する紛争が解決したことを確認し、右解雇に関し、右条項に記載するほか、互いに債権債務がないことを確認する。
- 九 訴訟費用及び調停費用は、各自の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
- 一 原告は被告の従業員であることを確認する。
- 二 被告は原告に対し、○○円及び平成9年2月1日以降毎月20日限り45万8百円の割合による金員を支払え。
- 三 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、被告から休職期間満了を理由に解雇された原告が、解雇の効力を争い、従業員たる地位の確認と解雇以後の賃金の支払を求めるものである。
- 一 争いのない事実等
- 1 当時者
- (一)被告は、電気事業法に基づき、関西圏において独占的に公益事業たる電気事業を営む株式会社である。また、被告は障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)第2条の4(事業主の責務)、第10条(身体障害者の雇用に関する事業主の責務)、第14条(一般事業主の雇用義務等)等の適用を受ける事業所である。
- (二)原告は、昭和41年4月1日、被告に入社した。そして、関西電力学園で2箇月間の研修後、大阪南支店大阪南架空線保線所に配属された。
(中略)
昭和61年11月、大阪北支店野江電力所架空保線課に転勤となったが、同課では、
- (1)課全体の設備・修繕・経費の年度予算要求と配分後の工事割り振り、並びに工事施工と予算執行管理
- (2)年間、月間の停電作業計画・調整
- (3)工事稟議起案、発注、検収を担当した。
- 2 視力障害による休職
- (一)原告(二見徳雄)は、平成5年5月ころから左眼の視力異常を感じ、同年9月ころには両眼とも視力低下し、同年10月から約2箇月間、関西電力病院に入院し、平成6年2月から同年3月まで近畿大学医学部附属病院に入院した。
原告は、その治療等のため、平成5年10月25日から有給休暇を取得し、同年12月2日から6箇月欠勤したが回復しなかったので、平成6年6月2日から休職した。
- (二)被告においては、従業員が疾病のために休務する場合は、本人の申出により欠勤又は休職させるものとされている{労働協約第7条(1)、就業規則第13条、第14条、第64条(1)}。
すなわち、従業員が、疾病その他の事由のために欠勤する場合はあらかじめ所属長に申し出て、その承認を受けることを要し(就業規則第13条)、業務外の疾病による欠勤が6箇月を超えるときは、休職させることとなる。{労働協約第7条(1)、就業規則第64条(1)}。
休職期間は、勤務年数によって定められ、勤続20年以上の場合は、2年6箇月の休職期間が与えられる。{労働協約第7条(1)、就業規則第66条(1)}。
原告は、勤続年数が20年以上であったので、その休職期間は2年6箇月である。
休職事由が止んだ場合は、当該従業員から復職を願い出なければならず(就業規則第67条)、また、休職事由が止まず休職期間が満了したときは、退職させることとなる。{労働協約第10条(4)、就業規則第69条(4)}。
なお、疾病による欠勤及び休職期間中には、経済補償措置として、基準賃金(職務手当があるときはそれとの合計額)相当額が休努補給金として支給される。
- (三)原告は、視神経炎と診断され、休職期間中、近畿大学医学部附属病院において通院治療を受けた。
原告は、平成8年8月、視力障害3級(右0.04,左0.04)の、認定を受け、身体障害者手帳を交付された。
- 3 休職期間満了
平成8年10月、近畿大学医学部附属病院において「中等度の労働は可能」との診断を受けたことから、被告にたいして復職を申し出た。
また、原告は、同年11月26日、代理人弁護士を通じて再度復職の意思を表明した(甲第八号証の一、二)。
しかし、被告は、休職事由が止んでいないとして、平成8年11月29日付けで、同年12月1日の経過により退職となる旨通知し、同日の経過によって、休職期間満了による解雇扱いとした(以下「本件解雇」という。)。
被告は、本件解雇に基づく退職金を原告に提供したが、原告がその受領を拒否したのでこれを供託した(平成8年度金第2752号)。
- 4 原告の従前賃金
原告の本件解雇前の賃金は、月額45万8百円であり、支払日は毎月20日である。
- 二 争点
本件解雇の効力
- 三 争点に関する当時者の主張
- 1 原告
- (一)被告は、原告を解雇した理由として、原告の視力障害が回復していないこと、就業を期待できないことを挙げるが、昨今では視力障害者の雇用を促進するためにOA機器を中心に開発が進み、たとえば拡大読書器、パソコン画面拡大装置等の機器を使用することによって、原告が従来行ってきた業務を行うことは非常に容易になっている。
原告は、被告大阪北支店野江電力所架空保線課において、予算書、注文書、稟議等の起案を主にパソコンを使用して行っており、拡大読書器、パソコン画面拡大装置等の機器を使用すれば、従前どおり仕事を遂行することができ、原告の視力低下が業務遂行にとって障害になることはほとんどない。
すなわち、被告はわずかな経済的負担と配慮によって、原告から従前とほとんど同様の労務の提供を受けることができるのである。
これは休職事由が止んだというべきである。
- (二)被告の本件解雇は、障害者の人権保障についてのわが国及び国際的な理念・施策到達点を否定し、これに真っ向から挑戦するものである。
いうまでもなく憲法は、その13条において個人の尊厳と幸福追求権を、14条において合理的理由のない差別の禁止を、27条においてすべての国民の勤労の権利と義務を規定している。
これらの基本的人権は、障害者、なかんずく原告のような中途障害者に対しても当然保障されるものである。
国連は、昭和50年、障害者の権利宣言を採択し、また、昭和51年に、昭和56年を国際障害者年と決め、国際障害者年行動計画を策定し、同年から10年間を国際障害者の10年として、各国に障害者施策の一層の充実を要請した。わが国においても、昭和35年には、身体障害者の雇用を企業に義務づける「障害者の雇用の促進等に関する法律」が制定され、昭和45年には、心身障害者対策基本法が制定され、昭和57年には、身体障害者福祉法が改正された。
平成6年には、心身障害者対策基本法が改正され、名称も障害者基本法と改められたが、これは「すべて障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保証される権利を有するものとする。」と規定し(3条1項)、国民は、「障害者の福祉の増進に協力するよう勤めなければならない」と規定する(5条)。
身体障害者福祉法3条2項も同趣旨の規定を置く。
そして、障害者基本法は、事業主についても、「社会連帯の理念に基づき、障害者の雇用に関し、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように務めなければならない」としている(15条2項)。
このような障害者の人権保障についての国際的及びわが国における思潮及び理念、施策の到達点は、わが憲法及びその規定する公の秩序の内容となっていると解すべきであるから、今日における障害者に対する雇用をめぐる法律や労働契約、就業規則、労働協約等の解釈は、このような障害者の人権保障の理念に沿うように行われなければならない。
その一つとして、従前から当該企業で働いてきた労働者が中途で身体障害者となった場合には、当該企業には、一定の経済的負担と配慮を行うことによって、その労働者が従前の業務を継続できるようにすべき労働契約上の義務があり、そのような義務を果たさずに、身体障害を有するに至ったことを理由に、安易に解雇して企業外に放逐することは許されないというべきである。
前述の障害者雇用促進法は、民間企業に対して1.6パーセントの身体障害者の雇用を義務づけているが、これは企業に対し、新規に採用してでも一定割合の身体障害者を雇用せよとしているものであり、前記障害者基本法の各条項とあわせ読むときは、従前から健常者として勤務してきた労働者が中途障害者となった場合には、その者の生活保障と就労権を保護するため、一定の負担と配慮によってその雇用を継続すべき義務を法は当然に予定していると解される。
しかるに、被告は、原告が原職に復帰し従前業務を継続できるようにするための何らの経済的負担も配慮もしなかったばかりか、そのための調査や検討すらすることなく、機械的に原告を解雇し、企業外に放逐せんとしたのである。
- (三)被告の行った本件解雇が、右就業規則の規定の手続的要件そのものを充たしているかについても重大な問題がある。
本件解雇は、原告の本件視力障害が「業務外」のものであること前提に行われたものであるが、原告は約30年にわたって被告に勤務し、書類作成を中心とする業務を担ってきたのであり、視覚やその他の神経を駆使する業務によって視力低下を招いた可能性は十分にある。
被告は、原告の視力障害について労働災害の可能性があるにもかかわらず、何らの調査も顧慮もすることなく、視力障害を理由に一方的に解雇した。
- (四)以上のとおり、原告は、休職期間満了前に休職事由が止んだとして復職を申し出ており、また、休職事由が止んでいないとしても、原告の従前業務継続の容易性、中途障害者となった原告に対する被告の雇用継続義務、手続上の違法性などを総合的に考察すると、被告の原告に対する本件解雇は、解雇権の濫用として無効というほかない。
- 2 被告
(一)本件においては、視力の低下により労務の提供が困難な状態に陥ったとの理由で、原告より被告に対して休務の申し出があり、前記のとおり、休職に至ったものであるが、休職開始直後の診断によれば、原告の傷病は、両眼の視神経炎であり、右視力は0.03、左視力は0.04であった。
その後、規定の2年6箇月間の休職期間を経ても原告の視力は回復せず、当該休職事由が止まなかったため、被告は労働協約及び就業規則に従い、平成8年12月1日の経過をもって休職期間の満了により原告を退職させたのである。
原告が罹患している視神経炎の主たる症状は、視力障害と視野欠損であり、いずれも慢性化していて、現時点では回復の見込みは乏しい。
また、従前、原告が担当していた業務内容の大半は、作業内容及び作業効率の点から視力を不可欠とするものであり、原告の状態は、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したとは認められず、原職への復帰は不可能と判断せざるを得ないところである。
なお、原告は、「中等度の労働は可能」との診断を受けたことから、復職を申し出た旨主張しているが、右時点で被告が原告より申し出を受けたのは、自動車の清掃や電話の取り次ぎ等の業務なら行えるので、職場に復帰させてほしいということであった。
右申出は、病状が回復したことに基づくものではなく、原職への復帰を求めたものでもない。
なお、被告は、休職期間の満了直前の平成8年11月26日、関西電力病院において原告に診断を受けさせたが、ここでも症状の改善は認められなかったので、本件解雇手続には、何らの瑕疵もなく適法である。
- (二)被告は、障害者雇用については、従来から鋭意努力し、平成4年度以降は、200名を超える障害者を雇用してきているが、これに加え、平成5年12月には、就労に大きなハンディキャップを抱えている知的障害者や重度身体障害者の雇用拡大のモデルとなることを目指し、被告が主体となって、大阪府、大阪市と第三セクター方式により特例子会社「かんでんエルハート」を設立した。
同社は、営業を開始した平成7年4月の時点で、全国でも初めて知的障害者と重度身体障害者をそれぞれ10名以上の規模(両者あわせて27名)で雇用している。
このような障害者雇用に対する取組みの結果、被告は、平成8年度には、法定雇用率1.6パーセントを超える1.69パーセントの障害者雇用率を達成している。
原告についても、視力障害により労務の提供ができなくなったのちも、経済的な保障として基準賃金相当額の休務補給金を支給しながら治療期間として三年間もの休務期間(欠勤6箇月、休職期間2年6箇月)を与えて病状の回復を待ったのであり、制度上、できる限りの配慮を行っているのである。
以上のように、被告は、障害者基本法を十分理解、尊重したうえで、障害者雇用に取り組んでいるのであり、原告の非難は当らない。
第三 理由
- 一 本訴及び調停の経過
- 1 付調停及び試用の実施
本訴は、平成9年2月19日に提訴されたもので、同年5月21日第一回口頭弁論期日が開かれ、以後7回の口頭弁論期日を一回の進行協議期日を経て、平成10年11月18日及び同年12月2日の両日、証人3名と原告本人の尋問が実施された。
裁判所は、証拠調べ終了後、和解勧告を行った。
和解においては、被告は、かんでんエルハートにおいてOAオペレーターとしての採用を提案したが、原告が、現職への復帰を強く求め、原告の執務能力の有無、程度が争点となったことから、裁判所は、原告の執務能力の有無、程度について検証の機会を持つことを提案し、原、被告とも、その位置づけについての考え方に相違はあったものの、一応了解した。
以後、その方法等について協議が続けられ、平成12年2月22日には、実施場所が裁判所外となり、裁判官の検証の必要などから、自庁調停に付された。
被告は、原告の執務能力の検証を、被告社屋において試用として行うことを了解し、調停期日において。試用の方法、期間、試用に当たって作成する協定書の内容について協議し、併せて、被告においてパソコンや拡大読書器の準備を行うなどしてきた。
平成11年4月5日の第三回期日には、懸案となっていた試用期間及び原告が協力を求める社会福祉法人日本ライトハウスの担当者の被告社屋立入りについて合意ができ、同月30日に、被告大阪北支店において、設備等の確認をしたうえで、当時者間において協定書及び制約書を作成して試用を開始することになり、かつ、試用期間中に発生する問題に対応するため、概ね二週間毎の7回の期日が指定された。
同年4月30日に、被告大阪北支店において、裁判官、原告本人、原告代理人、被告代理人、被告担当者が集い、原告の業務を補助する態勢や原告が試用する機器の説明がされた後、協定書が作成、押印され、また、原告本人において誓約書を差し入れて、試用が開始された。
協定書の概要は、次のとおりである。ただし、甲は被告、乙は原告である。
第1条(試用の目的)今回の試用は、裁判所からの要請により、一定期間乙に原職を試みさせたうえで、乙が原職をどの程度行うことが出来るか判定することを目的とするものである。
第2条(試用箇所)乙の試用箇所は甲の大阪北支店とする。
第3条(試用期間)乙の試用期間は平成11年5月10日から1箇月間とし、以降二回(各1箇月間)を限度に試用期間を更新することができる。
甲は、乙の作業遂行状況によっては、仕様期間中であっても裁判所及び乙に試用の打ち切りを申し出、協議のうえで試用を打ち切ることがある。
第4条(試用日、試用時間)略
第5条(試用期間中の金銭の支払)略
第6条(試用期間中の作業内容)試用期間中に甲が乙に付与する作業内容は、図面整備工事、鉄塔保護柵修理工事、鉄塔敷地修理工事三件名に関する全工程(現場調査、稟議作成、着工打合わせ、竣功検査等)とする。
第7条(試用期間中の補助者)略
第8条(作業遂行状況の報告)甲及び乙は、各々、乙の第6条に掲げる作業の遂行状況について、試用期間中、適宜裁判所に報告するとともに、試用期間終了後、裁判所に報告する。
第9条(日本ライトハウス職員の来社)略
第10条(協定書、誓約書の遵守)略
なお、試用期間については、1箇月と規定されたが、調停の席上、特段の事情がない限り二回に限って更新拒絶はしないことが確認された。
- 2 試用の終了と当時者の評価
- (一) 試用期間中、既指定の調停期日において、それぞれ進行状況の報告等がされ、作業の方法等について、原告から幾つかの要望がされることもあったが、試用は、特記するような事故なく、平成11年8月9日の経過によって、終了した。
- (二)そして、同年9月17日、被告から、原告の作業能力に関する評価書が提出された。
その概要は、概ね次のとおりである。
- (1)進捗度合いに付いて検討すると、原告には三件の作業が付与されたが、3箇月という試用期間は、右三件の作業を完了させるのに十分余裕を持たせた期間であったのに、原告は、図面整備工事は完了させることができたものの、鉄塔保護柵修理工事及び鉄塔敷地修理工事は完了させることができなかった。
原告が休務前と同じ業務を担当するには、右三件を完了させる能力が必要である。
- (2)鉄塔保護柵修理工事、鉄塔敷地修理工事の作業は、現場調査と机上作業(実施稟議の作成、請負発注資料の作成等)に分かれる。
現場調査については、文字どおり手探りで調査する状態で、修理箇所の見落としや修理不要箇所の計上といった誤りが多く見られ、修理箇所の判断ができる補助者が実質的に原告に代わって現場調査をしなくては作業困難であり、これでは原告に現場調査を担当させる意味がない。
また、現場における貴見物に気が付かずに負傷する可能性があり、安全面からも問題がある。
机上作業については、自らの調査に基づいて作成した施工概要図に多くの誤りが見られ、さらに数値の入力ミスや転記ミスが多く、補助者は書類の提出を受ける都度、それらの書類を点検し、誤りを指摘しなければならなかった。
しかも、一旦修正を指示しても、その修正がされていなかったり、不十分であったりすることも多く、また、修正の過程で、新たに修正を要する事柄が発生することもあり、鉄塔保護柵修理工事の実施稟議では、五回も点検しなければならなかった。
さらに、原告は、写真に写ったものの判別が困難であること、さらに色の識別が困難であることが判明した。
工事設計業務を行う上では、写真の判別、色の識別は様々な場面で必要となる。
- (3)図面整備工事については、実施稟議等の作成に当たり、通常の工事設計担当者であれば一日程度で済むところをほぼ一週間かかるほど時間がかかっており、作成書類にも誤りがあった。
- (4)以上から、原告の作業能力は相当低く、鉄塔保護柵修理工事、鉄塔敷地修理工事については、現場調査、机上作業とも満足に行うことはできず、特に、現場調査には安全上の問題もあり、写真の判別、色の識別の困難もあって、工事設計業務従事させることは到底考えられない。
原告には、現場作業を行う業務は与えることはできないから、原告に付与しうる作業としては、机上業務に限られるが、そのうち、写真の判別や色の識別を伴うものは無理であり、また、作成する書類の量が多かったり、書類の内容が複雑なものも、原告が、こうした書類のチェックを十分に行うことができないことからすると、不可能である。
従って、付与可能な業務は、相当程度定型化された機械入力、文書作成、表作成等に限られ、被告において、それらの条件を満たすものとしては、設備関係データ入力、購買資材関係機械入力、用地関係データ入力、車両運行データ入力、時間外実績データ処理等である。
- (三)原告は、被告の評価に反論し、次のようにいう。
- (1)被告の評価によっても、図面整備工事は完了できたとされているが、これは野江電力所架空保線課設計運営担当の主たる担当工事である。図面整備工事と同様に、主たる担当工事に属し、かつ、現場調査を要しない工事として、線下測量、不法投棄処理、防保護具耐圧試験、伐採、クレーン巡視、特定巡視、予防巡視、ヘリ巡視、定期点検、航空障害灯点検管理、がいし洗浄、がいし検出などがある。これらは原告にもなし得る能力がある。
架空保線課の工事設計業務のうち、委託工事に関する業務はその殆どが現場調査を要しないものであり、修繕工事にも現場調査を必要としない業務が多数存在する。
仮に、右工事設計業務の過程で、現場調査ないし写真、図面等の認識作業の必要が生じたとしても、それは例外的又は過程の中の一部に過ぎないもので、臨時的な補助によって、原告は工事設計業務の殆どを遂行しうる。
原告には、架空保線課設計運営担務の一係員として主たる工事を担当できる能力があるといいうる。
- (2)試用は、裁判所の提案によって実現したものであるが、原告にとっての業務環境は十分なものではなかった。
原告は、業務を行ったのは発病以来六年ぶりであり、視覚障害者用の補助器具はあるものの、架空保線課の同僚設計者とは遮断された環境で、しかも訴訟当時者という対立関係が続く中での精神的に激しい業務環境で業務をなしたものである。
このような環境における成果であることを評価において考慮すべきである。
- 3 その後の和解に関する当時者の意向等
- (一)試用の結果、現場調査についてはその担当は避けた方がよいこと、写真による現場認識に困難な面があること、線状の記載については色の識別に困難があることは原・被告共通の認識ができたといえるが、机上業務については相当に評価が分かれる。
原告は被告が指摘する不備は軽微なもので、適切な補助をすることで十分に業務をなし得るとするのに対して、被告は右不備は決して軽微ではなく、進捗速度が遅いうえ、何度も実質的な内容を点検しなければならず、補助者を付しても、補助の程度を超えるというのである。
和解に関する当事者の意見は、結局、試用前とさほど変わらないものであった。
裁判所は、試用の結果を踏まえ、被告に対して、被告において再雇用し、工事設計業務を含む業務を担当させる案の検討を求めた。
- (二)被告は、右要請に応じた案を提出し、その後の調停期日における折衝の結果、最終的には、次の提案となった。
賃金については、裁判所からも増額の検討を求めたが、現時点の能力では、それ以上は困難であるといい、次年度に格付を行い、能力の発揮次第で昇格もありうるとの回答であった。
- (1)雇用
被告において、平成12年6月1日をもって雇用する。
- (2)業務内容
机上設計業務、OAオペレーター業務、その他被告が指示する業務。ただし、主従はない。
- (3)勤務場所
野江電力所
- (4)処遇
月額28万円。ただし、平成13年4月1日、格付を行う。
- (5)解決金
原告が請求する解決金は支払えない。
- (6)解雇撤回
本件解雇の撤回はできない。ただし、解雇前に合意退職することは差し支えないが、その場合は、退職金の支給額は、合意退職を前提として就業規則等によって算出されることになる。
- (三)原告の最終的な提案は、次のとおりである。
- (1)身分
本件解雇の撤回(絶対的な条件)。ただし、同日合意退職する。
- (2)業務
@机上設計業務
AOAオペレーター、その他被告が指示する業務
- (3)勤務場所
野江電力所
- (4)賃金
技師補3級相当(月額37万円)
- (5)解決金
被告の主張する賃金月額28万円を基準に本件解雇の日から平成12年3月までの給料及び一時金相当額(56.5箇月分)
- 二 裁判所の提案
本調停における当事者の意見は、本件解雇を撤回するか否か、本件解雇から再雇用までの賃金の支払をするか否か、雇用した場合の賃金額の点で、妥協点を見いだすことができなかった。
これは本件解雇の効力の有無に対する考え方の違いであり、裁判所が調停案を提案するについても、その検討を避けることはできないところである。
そこで、この点に対する検討を含め、本決定の理由を述べる。
1.甲第八号証の一、二、三、第三二号証、乙第80、81号証、証人面高(おもだか)雅紀、同西森哲也の各証言によれば、原告は、視神経炎に罹患したもので、休職期間中に視力が回復せず、太いサインペンを使用すれば補助器具なしで読み書きがどうにかできる程度であって、今後これが回復する見通しもなかったが、休職期間の満了前の平成8年10月11日及び同月20日、車両の清掃、電話の取り次ぎ、設計の助言という補助業務ならできるとして復職を求め、更に、同月26日には、原告代理人山名邦彦を介して復職を求める旨の内容証明郵便を送ったこと、しかし、被告は、原告の復職は困難な状況にあると判断して、同月29日、同年12月1日付けをもって、休職期間満了により退職となる旨の本件解雇を告知したこと、その後、原告は、平成9年4月から、日本ライトハウスのリハビリテーションセンターの生活訓練部訓練生となり、拡大読書器、パソコン、ワープロの操作を習い、一年以上の訓練を行い、その過程で、徐々にその操作に習熟し、陳述書等も作成可能となったことを認めることができる。
2.原告は、休職期間満了前に復職の申出をしているので、原告が、従業員としての債務の本旨に従った履行の提供ができるのであれば、休職期間の満了を理由とする解雇はその理由を失うこととなり、本件解雇は合理的理由がないものとして無効となるというべきである。
そして、労働者が私病等により休職となった以後に復職の意志を表示した場合、使用者はその復職の可否を判断することになるが、労働者が職種や業務内容を限定せずに雇用契約を締結している場合においては、休職前の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、使用者の規模や業種、その社員の配置や異動の実情、難易等を考慮して、配置替え等により現実に就労可能な業務の有無を検討すべきであり、そのような趣旨の裁判例もある(大阪地方裁判所平成11年10月4日判決・労働判例771号25頁、最高裁判所平成10年4月9日第一小法廷判決・裁判所時報第1217号1頁参照)。
右裁判例が、労働契約に職種や業務内容の限定がない場合の労務の提供について、労働者の能力、経験等を勘案しながら、当該労働者の本来の業務以外の業務内容についても斟酌すべきであるとしたこと、他との業務調整の可能性の範囲を当該労働者の所属する部署内に限定していないことは、本件においても、原告について配置の現実的可能性のある業務を検討するに当たり、原告が従前担当していた業務以外の業務や他の部署における業務の検討を要求するものである。
また、身体障害等によって従前の業務を担当できなくなった場合に他の業務の配置可能性を検討する際、健常者と同じ密度と速度の労務提供を要求すれば、労務提供が可能な業務はあり得なくなるのであって、雇用契約における信義則によれば、職務分担の変更を考慮し、当該労働者の能力に応じた職務を分担させる工夫をすることも要求されるというべきである。
しかしながら、労働契約は、契約として、提供される労務と賃金の間に対価関係が存在するものであるから、債務の従った本旨に従った履行の提供をなし得るというためには、降格が肯定される場合があるとしても、その賃金に相応する労務の提供が可能でなければならない。
健常者と同じ密度と速度の労務提供は要求されないとしても、そこには限界があるといわなければならない。
前期最高裁判所判例の解説においても「相当程度の経験を積み管理者的な地位に達した労働者が私傷病のため単純軽作業のみの労務の提供しかできなくなったという場合」については、債務の本旨に従った履行の提供といえない旨記載されている(判例時報1639号132頁)。
障害者雇用促進法の精神を考慮しても、管理者的な地位にある、あるいは専門職を担当する労働者が単純軽作業しかできなくなった場合に、従前の雇用契約がそのまま維持されるものとはいえない。
そこで、原告に債務の本旨に従った履行の提供としての労務提供が可能であったか否かを検討することになるが、履行の提供である以上、提供当時の能力が問題となることはいうまでもない。
そして、前記認定の事実によれば、原告の復職申出は補助職への就労を求めたものであったし、現実にも、従前の設計業務を行うことは困難な状態であった。
設計業務と右補助職とでは、労働生産性に多大の格差があるということができるから、補助職としての労務提供では、債務の本旨に従った履行の提供ということはできないのではなかろうか。
ただ、原告の潜在的能力としては、試用において発揮した程度の能力は存在したといいうるし、さらに経験を積むことによって、さらなる能力を発揮しうる可能性がないわけではない。
原告は、右のような潜在的能力の存在を考慮すべきであるというようであるし、また、能力回復のための教育義務が被告にあるというようである。
しかし、能力の開発は、労働者が自発的に行うべき事柄であって、特段の事情がある場合を除き、使用者に教育義務を課することはできない。
以上によれば、原告の請求が認容されるためには、復職申出の時点で、従前の業務との比較を考慮したうえで配置可能な業務が存在すること、これがない場合には、右配置を可能とする潜在的能力を考慮すべき特段の事情が存在することなどのいくつかの課題が原告に有利に解決される必要がある。
3.次に、試用の結果を検討する。
原告の症状は、視野の中心部に暗点があり、周辺部分しか見えず、その周辺部分には焦点を合わせることができないから、ぼやけた状態で、磨りガラスを通して見ている状態であり、視力は左右とも0.02ないし0.04程度である。
そのため色の識別は、特に細い線については困難であり、写真についても網目のフェンスの損傷などは識別ができない。
外出は可能で、単独で通勤はできるが、また、慣れた道であれば、自転車に乗ること可能ではある。
しかし、道路などの標識についても、細かな部分は単眼鏡によって認識することになり、慣れた土地以外では、行動に制約が生じる。
読み書きは、障害者用の拡大読書器によっておこなう。
資料をパソコンのディスプレイに表示し、これを読むのであるが、一文字の大きさを数センチ角にする必要がある。
図面などについては、全体を一度に認識することはできない。
書き込むときは、入力結果を音声によって確認できるから、やや細かな画面でも可能となる。
試用の結果、現場調査については、単独では困難であり、補助者を付しても、実質的な判断を補助者に委ねなければならない部分が多く生じる。
原告は、不備な部分を指摘した書面があるから、作業が可能であるというが、補修を行うべき部分は、右の書面による指摘部分に限らず、現場調査では、その現場の全体を把握する必要があるから、原告の視力からすると、困難な作業が多くなるといわなければならない。
また、作業現場は、整備された土地とばかりいえないから、安全上も問題が生じる可能性がある。
これらからすると、原告に現場調査作業を担当させることは原則として避けるべきといえる。
原告が作成した工事設計図面に生じた不備は、現場調査の不備から生じたものもあるが、図面などの全体を認識できないことから生じたと考えられるものも多くあった。
業務を机上業務に限ってみても、その視力、作業方法からみて、ある程度のミスが生じるのは防ぎようがない。
その発生をできるだけ防ぐには、慎重に慎重を重ねるしかなく、原告に可能な業務についても、健常者と同等の速度は期待できない。
調停中、被告は、作業工程からいって、すべてを原告に担当させることができる業務は殆どなく、作業の一部分だけを切り離して、担当させることは困難であると述べてきた。
また、原告の業務に対する補助態勢についても、補助する者が実質的に作業するのと同じでは困るともいう。
確かに、被告の主張するような側面はある。
ただ、調停中に何度も述べてきたが、従来の健常者だけの業務態勢を維持したままで、身障者となった原告に担当可能な業務を探しても、そのような業務が存在しないのは当然であるともいえる。
そこで、合意による解決をめざす観点からは、可能な範囲で、業務態勢の変更を行い、また、作業方法も、共同作業などの工夫を行うことによって、原告が能力を行使する環境を整える必要がある。
これは、被告の理解を得たと信じる。
右のような業務態勢を考慮することによって、原告が作業可能な机上設計業務はある程度確保できるのではないかと考えるが、作業の結果については、補助者ではなく、本人が完成させたといえるだけの質が要求されるから、前述したように、その速度はさほど期待できない。
4.決定主文(調停案)について
以上の諸事情を前提に、調停案を検討する。
本件解雇の効力について、本件解雇の効力については、原告は解雇撤回を求め、被告は撤回を拒否するところである。ただ、双方とも、本件解雇の日に合意退職することは、可能とする。
そこで、本決定においては、平成8年12月1日合意退職とした。
本件解雇は、同日の満了による休職期間満了によるものであるから、本件解雇は効力を生じなかったこととなる。
そこで、退職金等の関係では、合意退職を前提とした給付となる。
賃金については、原告の主張する額に至っていない。
これは、試用の結果、従前業務を全面的に行うのは困難であり、他の業務を付与せざるを得ないこと、可能な工事設計業務についても、作業効率は相当劣るため、原告が現実に就労した場合にどの程度の労務提供をなし得るかは未知数の部分が多いことを考慮し、右の額でやむをえないものとした。
温情で高額の賃金を支払わせることは、労働者の尊厳を損なうことにもなる。
ただし、被告には、次年度以降において正当な評価、格付、能力に応じた賃金の支払を求める。
いうまでもないが、事件の合意による解決は当事者双方に互譲の精神がなければ不可能である。
双方に、たてまえにこだわる面があるが、これに意味があるか否かは検討を要しよう。
- 四 結語
以上のほか、記録に現れる一切の事情を考慮し、当事者双方のために公平なものとして、民事調停法17条により、主文のとおり決定する。
なお、本決定に対しては、当事者双方は、この決定の送達を受けた日から二週間以内に異議の申立てをすることができる。
平成12年5月16日