2021年2月11日
認定NPO法人タートル
ICTサポートプロジェクト
アンケート結果総括と今後の取り組みについて
日々、ICTの利用環境は変化しています。新型コロナ禍で、リモートワークが広がるなど、私達働く視覚障害者をとりまく環境も、大きく変化してきています。こうしたICT技術の進展は、私達視覚障害者の就労機会を大きく広げる可能性がある反面、アクセシビリティに配慮されていない環境が就労機会の妨げになったり、新たな環境に対応するための訓練や情報収集が必要になるなど、従来以上に視覚障害当事者に負荷がかかるという新たな課題も出てきています。
こうした課題を解決していくために、認定NPO法人タートルでは、2020年11月にICTサポートプロジェクトを立ち上げ活動を開始しました。本プロジェクトの活動立ち上げにあたり、実態を把握するため、昨年12月初旬から約1ヶ月間をかけてアンケートを実施し、100名を超える方々に回答をいただきました。
このアンケートの結果から見えてきたのは、ICT環境の変化に戸惑いながらもこれらに対応しようと努力している方々がいる反面、必ずしも十分に支援や情報が届いておらず困っている方も多いという実態、そして、こうしたICT環境のアクセシビリティ対応がなかなか進まないという課題です。
アンケート回答から見えてきたさまざまな課題やご要望は、たいへん幅広い分野にまたがっており、タートルだけで解決できるものばかりではありませんが、今後、他団体や関連機関とも連携を深めながら、本プロジェクトとしての取り組みを具体化し、少しずつでも解決につなげていきたいと考えています。
本報告書では、アンケート結果から見えてきた課題や要望を総括するとともに、今後の取り組みについてまとめています。本報告書を通じて、視覚障害当事者だけでなく、支援者や支援団体、そしてICT製品やサービスを供給している企業など、多くの方々に実態を知っていただき、今後の視覚障害者の就労環境の改善につながればと思っています。
2.1 アンケート回答者の状況
アンケート回答総数は、106件(視覚障害者:104件、晴眼者:2件)。回答者の従事している仕事は、事務系が63.2%と過半数を占めており、以下、技術系(9.4%)、理療系(7.5%)教員(6.6%)となっています。見え方については、全盲38.7%、ロービジョン50.9%であり、ロービジョンの方の回答が、やや多くなっています。パソコンの視覚支援機能使用状況については、85.6%がスクリーンリーダを利用しており、全盲の場合は全員がスクリーンリーダを使用し、ロービジョンの場合は、スクリーンリーダと合わせて、拡大、色反転の複数の機能を利用している場合が多いことが分かります。
2.2 職場のICTで困っていること
職場のICTで困っていることがあるかどうかを尋ねたところ、84.6%の方があると回答しており、ほとんどの視覚障害者が、業務上のICT環境に関して、何らかの困りごとを抱えていると考えられます。具体的に困っていることを自由記述で記載して頂いた結果を分類してみると、下記のようになります。
@ グループウェアや業務システムなど社内システム関連について: 31件
A システム環境について: 15件
B アプリケーション関連について: 13件
C リモート環境について: 12件
D PDF・画像について : 10件
E Officeアプリ・Microsoft365について: 8件
F 合理的配慮について: 6件
G 支援環境について: 6件
H その他: 22件
このアンケート結果から見えてくるのは、職場環境のICT化が進むにつれて、業務で使用するシステムが多様化し、苦労している視覚障害者が多いという実態です。例えば、職場でのコミュニケーションについては、従来であればメールでのやり取りが中心であったものが、グループウエアアやチャット、クラウド上でのファイル共有が一般化してきており、また、業務においてもワークフローやさまざまな業務システムの導入が進んできている一方で、こうしたシステムのアクセシビリティの配慮が十分でなかったり、スクリーンリーダで使用するためのノウハウや情報が十分共有されていないという実態です。Microsoftのソフトウエアにおいても、Microsoft365の導入に伴い、従来のWordやExcelといったPC上で使用するアプリケーションに加えて、Teamsなどのコミュニケーションツールや、クラウド上で動作する機能が増えてきており、こうした機能をスクリーンリーダで使用するためのノウハウの習得や、頻繁に行われるアップデートへの対応に苦労している視覚障害者が多いという実態も見えてきます。個別のアプリケーションについては、CADなどの専用ソフトウエアのグラフィカルインターフェースへの対応について困っているとの事例も複数見られました。また、共有されている定型的申請書等が扱いにくい、資料が、スクリーンリーダで読めないPDFや画像ファイルで送られてきて困る、また、これに関連してOCRの制度に関する私的も見られました。
一方、社内のシステム環境に関しては、職場のICT環境のセキュリティ強化等の影響により、スクリーンリーダや画面拡大ソフト等のアップデートがうまくできなかったり、システムとの競合により動作が重くなったり、不安定になるなどで困っているケースも多いようです。リモートワークも含めたネットワーク環境については、シンクライアントで仮想デスクトップにアクセスする場合にスクリーンリーダが動作しないことにより、リモートワークができないという課題や、ネットワークへのアクセスに際して画像を用いた認証などを求められることで、スクリーンリーダでのアクセスが出来ないというケースもあり、新型コロナ禍で加速されるリモートワークに追随できていない視覚障害者もまだまだ多いと思われます。
職場や会社からの合理的配慮の状況については、まだまだ十分でない事例もあるようです。アンケートからは、上司やシステム部門のスクリーンリーダ導入に対する無理解や、これらのソフトウエア導入に対して、手続き上のハードルがあったり、アクセシビリティの改善要望に対して対応してもらえないなどにより困っているというケースも見られました。
支援環境については、身近に相談できる人がいない、補助者がいない、また、画面拡大ソフトや拡大鏡の使用による不具合や効率的な使い方についての情報が少ない、仮想デスクトップなどこれまでと異なる環境への対応に関する情報や相談できる窓口が無いという回答がありました。基本的な訓練だけでなく、職場の環境や仕事に即した対応について、アドバイスできる支援体制が不足しているという現状もあるように思われます。
その他、業務スマホの貸与を受けているが、iPhoneでないので音声で使えない、社内のeラーニングがスクリーンリーダで使えないなど、ICT環境のアクセシビリティに関する課題は、今まで以上に多岐に渡り広がってきているようです。
2.3 ICTに関する欲しい情報について
欲しい情報について、自由記述で記載していただいた内容を、内容別に分類するとおおむね下記の様になります。
@ ICTの機能・活用事例 29件
A スクリーンリーダー関連 9件
B 業務システム関連 7件
C 他の事例について 7件
D Officeの操作情報に対する意見 5件
E Teams操作に対する意見 5件
F サポート情報に対する意見 4件
G リモート環境の情報に対する意見 4件
H その他 15件
必要としている具体的な情報としては、業務でのICT機器やソフトウエアの活用方法や操作方法、オンライン会議やテレワークシステムの操作方法、ロービジョン向けの情報、iPhoneやiPadの活用事例などが挙げられています。また、スクリーンリーダ関連の情報や業務システムの情報、Microsoft365関連の情報、特にTeamsに関する情報が欲しいとの意見が多くありました。
事例については、困りごとをどう解決したか、会社やシステム部門にどのように働きかけたか、シンクライアントやリモート環境への対応状況等について知りたいとの回答がありました。また、制度、訓練・教育、サポート窓口についての情報が欲しいとの回答もありました。
こうした内容からは、実際の業務の中で直面している困り事を解決するための情報が、必要な方になかなか届いていないのではないかという実態も見えてきます。
2.4 ICTに関して特に取り組んでほしいこと
本プロジェクトとして取り組んでほしいこととしてご回答いただいた内容をを項目別に分類すると、下記の様になります。
@ 技術的な要望: 25件
A アクセシビリティの啓発活動について 18件
B 情報提供に関する要望 18件
C 講習会・学習会等の開催に対する意見 16件
D サポートに関する要望 5件
E その他 6件
要望としてもっとも多かったのは、具体的に困っている事例について技術的に解決してほしいとの要望でした。こうした回答から見えてくるのは、実際に直面している問題をなんとか解決したいという、ご回答いただいた方々の強い思いです。こうした思いをどのように進めていくか、アンケートからは、上述の「Aアクセシビリティの啓発活動について」に分類したご回答の中で、さまざまなご意見が寄せられています。例えば、メーカーへの改善要望の提案、アクセシビリティの重要性の官公庁や経済界への啓発活動、企業やシステム担当者へのスクリーンリーダ等の理解を深めるための講習会や啓発活動、障害者差別解消法等の企業向け啓発活動などが挙げられています。また、制度面の提案としては、米国の制度等も参考にICTシステムのアクセシビリティを義務化する等の制度構築への働きかけの提案もありました。
一方で、困り事の解決に直接つながる、情報提供に対する要望も多く寄せられています。具体的には、マニュアルの整備、Q&A集やTIP集、制度についての情報発信、相談窓口の設置などの要望がありました。
また、講習会や学習会についてのご要望も多く寄せられており、具体的なテーマとしては、ICTにテーマを絞った勉強会/交流会、iPhone/iPadの勉強会、スクリーンリーダの初心者向け勉強会、Microsoft365/Teams/Edge/Google Cromeなどテーマを絞った勉強会、中上級者向けPCスキルアップ講座、ウェブアクセシビリティの勉強会などの提案がありました。
その他、見え方に合わせたフォロー体制の構築やタートルICT相談室の設置、当事者以外の団体との連携などのご意見もありました。
2.5 その他の意見・要望(68件)
アンケートの最後に「その他の意見・要望」として、自由記述での設問を設けたところ68件のご回答を頂きました。具体的な内容は、前項までの内容と重複するものも多いことから、詳細は割愛しますが、ご回答の内容からは、ご回答いただいた方々の本プロジェクトへの期待の大きさが感じられました。
アンケート結果を踏まえて取り組むべき課題を整理すると下記の様になります。
今後、本プロジェクトを中心に、検討を重ねながら、タートルとしての取り組みを具体化していく予定です。また、今回のアンケートから見えてきた課題は、タートルだけで解決できないものも多いことから、他の関連団体との連携も含め、解決策を模索していきたいと思います。
(1) 情報共有・情報交換
従来は、タートルメーリングリストの中で、ICTに関連するトピックも取り上げられていましたが、メーリングリストでのやり取りが蓄積されないことから、ノウハウの蓄積が行われにくいとの課題がありました。こうした課題を解決するため、Google Groupの機能を活用して就労におけるICTに特化したメーリングリストを立ち上げ、過去のやり取りも蓄積し公開することで情報共有を図っていきます。
(2) ご意見箱の設置
就労におけるICT環境は、変化も激しく、日々アップデートされていくことから、今後も情報収集を継続していくため、タートルホームページからリンクしたご意見箱を開設します。このご意見箱では、情報収集だけでなく、本プロジェクトへのご意見、ご要望等を含めて、幅広いご意見を集め、今後の活動へつなげていきたいと考えています。
(3) ICT関連情報ポータルページの設置
タートルホームページの中にICT関連情報ポータルページを開設し、関連情報の情報発信や、リンク集など、ICT関連の情報発信を強化していきます。
(4) ICT関連のセミナー、勉強会の開催
アンケートの中で多くの方からご要望のあったICT関連のセミナーや勉強会については、タートルの交流事業の中で、企画し開催していきます。
(5) 外部への啓発活動等
就労におけるICT環境のアクセシビリティの改善には、就労先である企業やシステムを開発しているメーカー等の理解が欠かせません。この分野の理解を広めていくため、タートルの啓発事業の中で、他団体との交流・連携も含め、今後情報発信を強化していきます。
(6) 制度面の整備へ向けた取り組み
アンケートで寄せられたご意見の中には、制度面の改善に関するご提案が複数ありました。こうした課題は、タートルだけで進められるものではありませんが、米国等、諸外国の制度の調査・研究等を進めながら、他団体との連携も模索しつつ、中長期的な課題として今後検討を進めていきたいと思います。
■ 関連資料: ICTサポートプロジェクト アンケート結果(詳細編)
■ 認定NPO法人 タートル ICTサポートプロジェクト:
リーダー : 伊藤 裕美
サブリーダー: 大橋 正彦
メンバー : 亀山 洋
神田 信
熊懐 敬
高原 健
松坂 治男
山田 尚文
吉泉 豊春